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2007年11月 9日 (金)

浪々を選びて候

「浪々を選びて候」岩井三四二 講談社
美濃の斉藤家の家臣で、奉行を務めるくらいの武将と理解しといてください。
ちょくちょく織田信長が攻めて来て、その都度、撃退していました。
なんだ、織田信長、弱いわい。そのくせ、調略で味方を切り崩して行く、卑怯なやつだ。
斉藤家の武将は調略で崩されて、大負けに負けてしまいます。
周囲の武将はみんな織田信長に仕官するのに、ふん、あんな戦下手、卑怯なやつに仕えるもんかい。
信長に対抗する大名ならと、今川家に仕えます。
ここも、武田家と徳川家の挟み撃ちになって滅んでしまいます。
歴史を知っている我々としては、なんで、なんで、わざわざここに仕官するかい。
次には近江の浅井家、けんかして退散して、伊勢の長島に逃げ込みます。
ここは一向宗一揆の城です。
ここでも、大攻めに攻められて、逃げ出す途中で捕らえられて、あろうことか、織田信長に仕えるように、強いられます。
馬回り衆として、信長親衛軍に所属していますが
用で他出しているうちに、本能寺の変
ここでも、主を失って浪人してしまいます。

こんなお話が続きます。
我々は歴史を知っている。今だから昔を知っている。
なんで、滅ぶ主に仕えるかね。ええ、じれったい。
歴史を泳ぐ本人にはそんなことが判るわけがない。
じれったくて、読み続けるのがつらくなって、本を放り出す。そんなことが何度も続きます。
で、あれからどうなった。
ははぁ、あり地獄を抜け出して、また別のあり地獄に嵌っているじゃないか。
なんぼひいきの岩井三四二でも、武将者では持ち味がいまいちでした。
やはり、民草の普通のひとのお話しのほうが面白いね。

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