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2011年5月21日 (土)

まかり通る【電力の鬼・松永安左ェ門】

「まかり通る【電力の鬼・松永安左ェ門】」小島直記 東洋経済新報社
東京電力が危機に瀕しております。
発電と送電を分離しようという案が出ています。
戦後の九電力体制を敷いたのが、松永安左ェ門です。
そういう時期なので、松永安左ェ門を読み返してみたくなりました。

前半は、日露戦争のころから大正中期まで、松永安左ェ門の青年時代が中心の物語です。
慶応を中退して、石炭商売から出発します。
福沢桃介と親しくて、電気業界に近づいて行きます。
大正中期から日中戦争前夜、お話しは、時間を飛び越えて進んで行きます。
戦争に備えて、電力業界は官の統制の下に置くことになります。
日本発送電という巨大会社と地区割りの九つの配電会社に編成された。
それ以前は、各地各川筋の発電会社と、先発免許で配電権を得た配電会社がいくつもあったようです。
戦争に負けて、GHQは電力の統制をはかります。
最初は、産業勢力を削ぐのが目的でした。
中共政府が誕生して、対抗勢力を養成するのが目的に変わりました。
九つの配電会社はそのままで、日本発送電(ニッパツ)を解体して、編成し直すことに方針が変わりました。
松永安左ェ門は、最後まで仕上げることなく、途中で締め出しを受ける破目になりました。
頑固で、ひとの意見を受け入れないがためです。

さて、現在の九電力体制、のちに沖縄が返還されたので、今は十電力体制です。
この地区電力会社に編成したのは松永安左ェ門のちからです。
発電と送電、あるいは、発電と送電と売電に分離しようとの案が練られています。
戦争前は、小発電会社と小配電会社が各地にありました。
そこまで戻るとは思いませんが、これから先、どうなるのでしょう。

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