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2012年1月19日 (木)

あるじは秀吉

「あるじは秀吉」岩井三四二 PHP
弥助は藤吉郎に馬を貸した:藤吉郎がまだ小者のころのこと、いずれ、三好吉房という名前で清州城主になる。
坪内喜太郎は藤吉郎をはじめての主と仰いだ:藤吉郎もいっぱしの侍で、主君信長が尾張平定のおり、川並衆を傘下にまとめる。
加藤虎之助は秀吉に侍奉公の勘どころを見た:秀吉は長浜城主、加藤虎之助は後の加藤清正。
堀尾茂助は秀吉に鬼とよばれた:秀吉は姫路城主、中国平定のところで反乱に逢い窮地に陥った。
蜂須賀小六は秀吉をどだわけと叱った:信長が本能寺の変で死亡、中国大返しのときのこと。
神子田半左衛門は秀吉を臆病者とののしった:秀吉対家康の小牧長久手の合戦のときのこと、虎の尾を踏んでしまった。
小西行長は太閤さまの真意をさとった:朝鮮討ち入りのとき、外交交渉のさい、秀吉の意外な真意を見た。

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