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2014年1月25日 (土)

小田川、下流部、高梁川に合流地付近まで、その4

ここで大きく間違えた。
前夜の図上演習では、吉備真備駅の次の駅、川辺駅の次の交差点を曲がる予定だった。勘違いして、吉備真備駅の次の交差点、二万口南で曲がってしまった。
二万橋を渡る。ひらがなで、にまばし、とあるので、へぇ、二万は[にま]と読むのかい、ひらがなで書いてくれなきゃわからないね。
明治のころは、二万村があって、にまむら、と独立単位だったのだねぇ。
堤防を進んで、堤防が尽きて、行き止まりになってしまった。あれぇ、こんなはずではなかった。
小田川の向こうに見える橋は、井原鉄道の鉄道鉄橋、隣に見える橋は小田川最後の橋の南山橋だった。
四回に分けて小田川を探索したのに、最後の詰めを誤ってしまった。
引き返して迂回して南山橋に行けばええじゃないか。
あのね、午後もだいぶ時間が押しているんですよ。これ以上時間をかけるわけにはいかない。惜しいけど、引き返さなきゃならない時間なのだ。
二万橋から右岸の堤防を帰ろうか。いやいや、やめとこう。地図で演習したところでは、道があるのかないのか、不明のところもあった。左岸を引き返そう。

編集が終わりました。
新しいページをアップしております。
こんなこともあります。しゃぁない。ドジなことをしたけれど、うんと悔やんでいるわけじゃない。

http://sherpaland.net/bike/2014/bike-140124-odagawa_karyu4/bike-140124-odagawa_karyu4.html

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コメント

> 7時半ごろに家を出て、井原市役所に到着するのは11時過ぎなんですよ。

お疲れさまです。神石高原からですと、16時にバイクで出発して高屋川を探索しながら井原に行き、自宅に帰りついたのが18時半ぐらい。M市からだと高速を使っても片道3時間半以上とはほんとに遠いですね。


> 高速山陽道を使って、笠岡インターで降りる。

ということは世羅から乗っての中国横断道経由なんですかね?あれも今年度は開通すると開通すると聞いてますが、大丈夫かな?


> 最初に小田川を渡る。井原大橋を渡るのだ。井原大橋を渡りながら小田川を見下ろす。

ここから春に見ると右岸の桜並木が壮観なんです。下流も 上流も。


> 国道沿いというのはそんなに語るべき何物かがあるわけでもないのだ。

時間が許さないかもしれないけれど、なにせこの路線は旧山陽道。バイパスを外れて旧道を散策すれば本陣跡などけっこう興味深い街並みが続いています。


> ちょっと進んで、ここが井原市と矢掛町の境界、川向うは笠岡市というえらく接点が微妙なところにいるんですよ。

このあたりまで来ると小田川もかなりの大河となり、名実とこに地域を隔てる役割も果たしているようですね。


> 矢掛町は、やかげ、と読む。奈良朝、平安朝のころは、やがけ、と読んでいたことだろう。発音を漢字で書き留めて、矢掛、と書いたのだ。発音は、やがけ、だろうね。

ああ そういえば何とも思わなかったけど、確かに普通は「やがけ」と読みますね。昔、三菱重工製機械のパーツを水島まで取りに行くとき、この道はよく通っていたので
「ヤカゲを通って行く」とは父がよく発していた言葉です。


> 矢掛町は小田郡、もともと小田郡はもっと広い範囲だった。井原市、笠岡市に合併して、今は小田郡を名乗るのは矢掛町だけになった。

なんのなんの、明治時代には「小田県」というのがあって神石郡(現在の神石高原町と同範囲)まで属していたそうですよ。そのとき源流から「小田川」になったのでしょうかね?そうなると源流からまさしく「小田川」です。それ以前は備後区間だけ「山野川」と呼んでいたのかもしれないのも頷ける話です。


> 小田川の小田の由来はこの集落名なのかい、がっかりだね。

廃藩置県後の県名にまでなったということは、何らか大きな理由があったのだと思います。


> 吉備大臣宮は学問の神として大事にされているのだそうな。
あそこは囲碁発祥の地とか云われてますよね。


> 備中呉妹駅がある。びっちゅうくれせと読む。妹せという地名があり、尾崎があり服部> がある、織物関連で呉くれと関係があるのかもしれない。

このあたりは「妹尾」(せお)という苗字が多いと聞いたことがありますが、広島県東部にもけっこうあります。


> 堤防を進んで、堤防が尽きて、行き止まりになってしまった。あれぇ、こんなはずではなかった。

ああ 惜しかったです。その手前の矢形橋を渡って右岸から左岸に移らなければならなかったのですね。


> 矢掛町で市街地を行ってみよう。

おお 行かれましたか^^

>日が暮れる前に帰れてよかった、よかった。

ほんとによかったです。日が暮れると寒いですしね。


> 帰り道、ずっと向かい風だったんですよ。漕いだ、漕いだ。日頃の自転車走法よりはるかに負荷がかかった状態だった。このせいだったんだね。

僅かながら登り坂ですし。お疲れ様でした。次回は是非とも海までお願いします。

そうでした、小田県というビッグネームがありました。
なるほど、小田川が小田川である由縁がよぅく理解できました。

いちおう、小田川は打ち上げです。
源流も怪しく、合流点もあやふやということになりましたが
これでええのだ。
ほぼ貫徹、ということで他へ向かいます。

了解。自転車だけで一級河川をほぼ貫徹というのも素晴らしい偉業です。では残りは私がバイクで浚えてみましょう。ただ課題となっているフロントフォークの修繕が叶えばの話ですが。今年で車齢25年を迎えるもので修繕には四苦八苦しています。

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