出雲松江、真山城址、真山
真山城三の床跡とある。このあと、二の床跡、一の床跡と続いて出てきた。確かに土木工事して平削し盛り上げている地形が見て取れる。
さんのゆかと読むのか、さんのとこと読むのか、どっちなんだろうね。
普通は三の丸、広島県では=毛利の影響下では、三の段、尼子の影響下ではこんな呼び方をするのだろうか。尼子の城跡を幾つか見たが、三の床と呼ぶのはここだけだと思うよ。
一の床では、石壇が築いてあるが、セメントの模造石じゃないか。惜しい。折角なら切石で築いてほしかった。きちんと組むより不揃いな石組みのほうが風情があるのに、惜しかったねぇ。
真山の頂上には、尼子勝久公之碑があって、顕彰してある。最後の城主なんだが、いくら抵抗しても、戦略的にも戦術的にも意味のある戦いではなかったのにね。
松江の市街地が見えている。松江しんじ湖温泉の森が見え、宍道湖の嫁ヶ島が見えている。白鹿山が邪魔をして、松江城は塞がれている。
石碑の背後に三角点がある。三角点を確認して、北の方向へ進んで行く。ここからは訪問者が減って、道幅が狭まってきている。
鳥の子山に到着、ここからは反転屈折して、進路を西に取る。
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これは一部分を抜書きしたものです。
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