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2016年12月22日 (木)

飯南町赤名、瀬戸山城跡、武名ヶ平山

ここが大手門跡と標識があって、なるほどなぁ、ここには出入りを誰何する扉が必要だよなぁ。櫓のような巨大な大手門はなかったとしても、木戸はあっただろうね。
右手に向かうと本丸跡なのだそうな。赤名の市街地を見下ろせて、出雲街道、銀山街道の見張りが出来る、ここは軍事の要衝だよねぇ。
北東に琴引山が見えている。この山、国道54号線でのランドマークなんですよ。
あっちが武名ヶ平山、前の峰の背後に頭が突き出して見えている山、これからそっちに登るのだよ。
本丸から山稜の延長に沿って、東郭群から瀬戸山城の東の最先端まで歩いて行く。この先は一旦高度を落として最低鞍部がある。最低鞍部から先は別の山になるのだ。
最低鞍部からの登りの傾斜がきつい。ジグザグに道が切ってあれば登り易いのだが、直線で真っ直ぐの道になっているから大変なのだ。
もともとは、瀬戸山城は尼子方の赤穴家が支配していて、攻め寄せる毛利勢は武名ヶ平山に拠点を構えたのだそうな。
武名ヶ平山から瀬戸山城は見下ろす位置にあるので、毛利勢が勝利したものだそうな。
以来、瀬戸山城は、毛利が接収し、関ケ原以後は、出雲に領地を得た堀尾氏の支配となったようです。領主が変わるまま、郭を増築したり、取り壊したり、発掘で推理できるようです。
ここが武名ヶ平山三角点、ここからは赤名峠の方向だけが見えるが、樹が邪魔していて、写真には撮り難い。
 
編集が終わりました。
新しいページをアップしています。
これは一部分、全体の姿は下のリンクから訪ねてみてくださいね。
 

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