「さむらい道 上 - 最上義光 表の合戦・奥の合戦」高橋義夫 中央公論新社
山形の戦国時代です。
最上義光は父に嫌われて、弟に代わって廃嫡され、人質に出された。
巻の半ばあたりで、義光は人質から脱して、父を城から追い出した。
出羽の勢力を分ける天童と相対することになる。
合戦の単位が小さいのです。
百人、二百人の戦闘で、東海近畿の合戦を読みなれているので、えらくスケールが小さく感じる。
義光は、巻始めの頃16歳、巻末の頃は38歳、巻末の時代は織田信長が本能寺の変で亡くなった頃です。



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