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2018年10月 8日 (月)

影の日本史にせまる 西行から芭蕉へ

「影の日本史にせまる 西行から芭蕉へ」磯田道史 嵐山光三郎 平凡社
磯田道史と嵐山光三郎の対談本なんです。
西行から芭蕉へ、磯田道史には不案内なテーマじゃないかと危うんだのですよ。
そんなことはない、ちゃんとその辺も手の内でした。
読みながら、あれ、この発言はどっちの発言、振り返って確認します。
和歌が引用されます。俳諧が転がり出ます。
文学の嵐山光三郎には自分のテリトリーでしょうが、磯田道史も同じ土俵に乗っている。
両者、楽しんでいるというか、闘っているというか、なかなかの見ものです。
嵐山光三郎と磯田道史、どっちのテイストが強いかと言うと、嵐山光三郎。
西行から芭蕉へ、こういう土俵では無理もないか。
和歌と連歌と俳諧の時代、連歌の時代では、磯田道史さん、圧勝なんですよ。対談をリードしている。
和歌から連歌となると、わたしにはいまいち縁遠いが、俳諧になると我々にも近い。
対談の中身が、なるほど、なるほど、とてもよくわかります。
西行は院から命じられて探索している。
連歌師はうわさを集めて、そのうわさを語ることのほうが求められている。
芭蕉は伊賀の生まれ、とりわけ弟子の曽良はどう見ても隠密の気配が疑わしい。
ま、そのあたりが影の日本史となるわけです。
脚注があるんですがね、この活字が小さい。ま、添え物で、不必要と言えば不必要なんですがね。
巻末に、歌句索引がある。へぇぇ、こんなに沢山引用していたのか。
さすがに、和歌、連歌、俳諧にまつわる歴史の裏面ですねぇ。

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