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2021年3月24日 (水)

接続詞の 「あと」

一連のお話を語って、まだ言い残しがある
あと、と言葉を繋いで、お話を続けます
この場合の、あと、ってなんでしょうね
接続詞であることは分かります

あと、と話を繋いだ場合、発言の優先権を宣言したのだ
これはその場みんなの共通認識ですよね

[それでね]、[聞いて聞いて]、[あと]、どれも同じです、同じ効果です
接続詞というより、会話のイニシアティブをを奪う熱意かもしれませんね
役割語とでも言いましょうか

それにしても
あと、この由来はどこから来たのでしょうね
あとさきのあと?
踏みあとのあと?
「あと」に「ちょい待ち、わたしが話す」こんな役割を与えたのはどんな世間の成り立ちでしょうねぇ

ひょっとして、これが起源かも、という少数意見があります
[あっと、これも]、この短縮形が、あと

接続詞としての「あと」が誕生したのいつの頃からでしょうね
明治大正の頃か、戦後の頃か、つい最近のことか、どうなんでしょうね
確証はないけれど、つい最近のような気がします、気が付くと、周囲にありました

よく出てくる場面、いろんな祝賀行事での来賓の祝辞
ぼちぼち終わりそうな気配だな、【あと】、(◎_◎;)おいおい、まだ続くのかよ

大逆転の追記
いかにも全国共通のように書いてきましたが
ちょっと待てよ、広島の方言かもしれません
なにしろ、自分の周囲2メートルの見聞しかないもんで
他の地域で、あと、を見た、聞いたという例は、どうでしょう、あるのかしら

広島ブログ

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