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2021年7月11日 (日)

壬申の乱と関ケ原の戦いーなぜ同じ場所で戦われたのか

「壬申の乱と関ケ原の戦いーなぜ同じ場所で戦われたのか」本郷和人 祥伝社新書
不破の関
青野ヶ原
関ケ原
この三つはほぼ同一か、ごく近隣にあります。
歴史学界で、この共通点を指摘したのは著者が最初なのだそうです。
壬申の乱、大海人皇子は東から不破の関を突破して勝利する。
南北朝時代、青野ヶ原で南朝の侵入を北朝が防いだ。
関ケ原、家康の覇権が確立した。
壬申の乱の意味、朝鮮中国に外交するのを閉ざして内政に専念した。
青野ヶ原、南朝が滅んで北朝が優位に立つ、朝廷を押さえて室町幕府が立つ。
関ケ原、時と場合によっては徳川が負けたかもしれなかった。
それを押し切った。
正直、古代の天皇がどうしようと、南北朝の正統がどうのこうの、興味はない。
関ケ原にはすごく関心があります。
最後に章を立てて、関ケ原での論功行賞、減封改易、現状維持、なるほど、そういう意味だったのか。

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