三次の神社、吉舎を行く、その3、吉舎東篇
この界隈は人家が集まっているが、これは人為的なものなのだそうな。灰塚ダムで立ち退き民家の受け皿になった地区なのだそうな。
移転家屋の受け入れ地区は、三良坂ではのぞみが丘、総領では竹之花、吉舎ではここ郷なんですよ。
上下川の堤防に向かうと神社がある。ダムに水没した厳島神社と八幡神社を合祀して、知和神社としてこの地で再建したのだそうな。
鳥居に扁額があるが、意外に歴史を経た感じに苔むしている。
そのまま進むと、祠の長屋がある。分譲住宅と言うべきか。水没する社・祠を集合させたものなのだそうな。それぞれに神社名があるのだろうが、誰もいないので聞くわけにもいかない。
次の橋、古市橋を渡る。
向うに見えている山裾を目指すのだ。進んでいるうち、浄土真宗正覚寺、これがキーポイント、最初は間違えて進み過ぎ、引き返して正覚寺の東の道を入る。イノシシの檻があって道が尽きる。
引き返して、ムラビト発見、熊野神社はどう行けばええのでしょう、谷が違う、もう一本西の谷を上がれば行けますけぇ。
正覚寺を通り過ぎて、正覚寺の西の谷を進んで行く。舗装がなくなって地道を歩くようになった。神社の前に、今は廃田だが、たんぼがあったのだ。そのたんぼを迂回しながら道が出来ている。
氏子の奉仕で草は刈られている。篠竹・笹、ジャングルの中に道は一本キープされている。
ここが熊野神社、鳥居に熊野神社の扁額、石段の上に熊野神社の本殿はある。説明板によると、これは拝殿、この奥に本殿があるのだそうな。
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