三次の神社、粟屋を行く、その2、山の中の道(自転車篇)
この辺は下津河内という地名なのだよ、<しもつこうち>と読む。山の上の中垣内と字並びが似ている。<しもつこうち><なかがいち>と読むのだよ。
人名にもあって、バレーボールの日本監督は中垣内だし、耳の聞こえない作曲家に佐村河内がいて(大騒ぎになったよなぁ)、現役の頃、会社の社員に後河内というのがいたよなぁ。
江の川沿いの平らな道をせっせと漕いで進む。丸大ハムの工場があって、その前の三叉路を右折する。旧踏切を越えて、ここからは道を迷いながら山裾の道に出る。
山裾の道を進むと、なんの案内もないが、コンクリートの階段が現れる。これが八坂神社への階段だな。ドンピシャリ、当たりました。階段を登れば八坂神社に出会う。
これが八坂神社だと言っているのは一社だけなんですよ。
bing で地図検索したら、microsoft の地図が出た。そこに八坂神社だと書いてあったのです。国土地理院、グーグルマップ、地図会社各社のURL、どこにもない。
大多数がないとしているのに、あると主張している、その通りあったのだから、八坂神社と名前を上げているのは信用してええだろうね。
国道54号線に合流して、次の信号交差点が落岩、左折して最初の辻、コンクリートの階段があるぞ。これは怪しい、この階段に違いない。
階段を登ってみると、またもやドンピシャリ、黄幡神社でした。これが鳥居の扁額、社殿は小さいが清々しいよ。
黄幡神社は<きはた>と読むのではないのだそうな、<おうばん>と読むのが正しいのだそうな。賽の神、道祖神と同じ流れのもので黄幡神(おうばんじん)なのだそうな。
スサノオ信仰と結びついて、八坂神社祇園神社と同流と目されているそうな。半径1キロの周辺に須佐之男神社、八坂神社がある。スサノオの勢力圏の証拠だよねぇ。
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