家康と七人の忍び
「家康と七人の忍び」佐藤賢一 中央公論新社
始まりが五月十一日、亥の上刻、近江、安土城。
最後が六月四日、申の下刻、伊勢湾。
織田信長への明智光秀の謀反がその発端です。
徳川家康は織田信長に招かれて、京大阪堺を見物中、大急ぎで帰国せにゃなりません。
徳川家康一行は二十人程度、員外の忍びにサポートされて隠密行を強いられます。
同行している穴山梅雪とは別々に行動する。
大和から伊賀へ、伊賀から甲賀を経て、伊勢へ抜け、伊勢湾を渡る、長途です。
この篇では、明智光秀、羽柴秀吉などの武将の活躍はあんまり語られない。
家康にも名だたる武将が随身しているが、ほとんど語られることがない。
七人の忍びの名前は、元締が平太夫、その下に山一、五瓶、魚六、二女、茂三、弥七。
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