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2024年4月17日 (水)

高谷山、南麓・三次大橋から北麓・旧粟屋駅へ(自転車篇)

尾根をヘヤピンカーブで曲がって折り返すと、送電線の邪魔になるからと樹木が切り開きになっている。そこからは、登ってきた亀谷の道がよく見える。三次大橋、その向こうの三次市街地が見えている。
くたびれて道路に腰を下ろして休憩していると、ピッピッと自動車の警笛が鳴る。意外に交通が繁多なのだ。あちこちで出会って3台ほど道を譲った。
やっと民家が見えてきた。大平の集落なのだ。道路沿いに集会所らしき建物があって、前大平集会所と看板がある。
傾斜が緩んで、自転車を漕げるようになってきた。漕げるところは漕いで行こう。
中国自然歩道は瀬戸内海沿岸から岡山県境沿いに進んで三次の地は通らない。広島県自然歩道が三次を貫いている。その自然歩道を横断するのだ。
広島県自然歩道の標柱が立ててある。大平 三次と書いてある。自然歩道は舗装路を行かずに山の中の道を行くのだ。標柱の向こうに建物が見えている。後大平集会所なのだ。
舗装路があって、高北広域農道なのだ。この道は何度も自転車で通ったことがある。広域農道を横断して、斜面の北側に向かう。
民家が点在している。集落の最後の家が見えている。ここは何という集落ですか、と聞いたが、おじいさん、声を張ってくれないので声が届かない、ありがとうと去ることにする。
最後に民家を過ぎると、むちゃくちゃ急な下り坂になる。こんな道だが、写真に真実を盛り込めない。ブレーキを必死に握り締めるのだよ。
対向車がいなくてラッキーだった。やっと北側の麓まで下りてきた。三江線の線路と並行して進む。踏切の線路は取り除いてある。他の線路は撤去費用が高い。置き去りにするしかないね。
県道112号線を進んでいるのだよ。旧粟屋駅は近い。旧粟屋駅のプラットホームの屋根の下で弁当を食べよう。おおむね昼食の時間なのだよ。

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これは一部分の抜き書きです。
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2023年11月15日 (水)

風土記の丘から神杉川地、志和地の板木川までを往復(自転車篇)

このあたりの道端にはコンクリートの標識杭がある。単なる市道のはずだが、○に県のマークがある。はて、県道ではないはずだがなぁ。
道端の畑をつぶして道路工事の現場事務所があったところなんだよ。ははぁ、工事が終わったから撤去したのか。
これが、今はなき、現場事務所の看板、県営広域営農団地道路整備事業 備北南部2期区間 道路第8期工事 とあるでしょ。2期だ、8期だと、長期間の工事だったのだ。
県営の工事だから、道端のコンクリート杭には○に県のマークが入っているのだな。ただの市道とは値打ちが違うぜと示しているのだね。
道を進んで春木の集落に入る。春木の集落にバリケードが施してあったのだ。その先に入って行ったら咎められてしまった。現場事務所は無人だと思っていたのに。
2台の車で挟まれて、「通行止めになっていたのを承知の上で入ったでしょ、入っちゃいけんよ」パトロールに捕まって追い返されてしまった。そんな経過があるんですよ。
ここらがそのあたり、いまはもうオッケーで通り過ぎる。
突き当たりで工事は終わっている。この先工事予定はあるのかなぁ、もうこれで終わりなのかなぁ。
振り返って、工事の出来栄えを眺めてみる。高規格の道路で、こんな工法が普通になってきたのだねぇ。
突き当たりを右に進む。藤根原の民家が固まっていて、この先の道は一挙に下り坂になってくる。ここが今日のコースの最高地点になっているのだね。
下ハンドルを握ってブレーキを利かしながら下りていく。対向車が来たり、追い越しの車が来ないことを願っております。幸い、そんな事態には遭遇しなかった。ラッキー。
ブレーキが熱を持つので、所々で休憩する。ブレーキを冷ますだけじゃない、体がコチコチになるので休みを与えないと身が持たないぞ。
川沿いのたんぼが見えてきた。やれやれ、長い下り坂を下り切ったぜ。

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2023年10月29日 (日)

高谷山の最低鞍部、粟屋西から馬池谷へ(自転車篇)

すぐに鞍部に差し掛かる。そこには長伝集落の案内板があって、33軒の人家の名前が掲げてある。国岡、国森、国村、国一族が多い集落だな。
今まではここから北に降りる道があるとは認識していなかった。国土地理院の地図では実線の道だ。破線の道ではない。それなら舗装された道だろう。やっと行けそうな道だと発見したんですよ。
北への道を下りていくぞぉ。
長伝集落の最終人家を過ぎる。この先にはもう電線が延びていない。
ちゃんとした舗装です。荒れた道ではないかと危惧していたが、そんなことはない。この道はたぶん市道だろうが、まだまだ三次市財政は持ちこたえているよ。
谷底の道をしばらく走って、下の民家が現れてきた。点在する民家がどっと増えてきた。ここが国土地理院の地図での馬行谷集落なんだな。
道端のひとに、馬行谷は何と読むんですか。こう読むのよ。聞いたけど、メモしなかったので忘れてしまった。
家に帰ってから粟屋コミュニティセンターに電話してたずねる。馬行谷を通ったんですが、読み方はどのように読むんですか。まきだに、まいきだに、と読むのだそうな。
念のため、いろんな地図ソフトで確認しよう。
国土地理院、MapFan、では馬行谷、ゼンリン、MEMORVA、では馬池谷、あれあれ、地名が二種類あるぜ。
翌日、確認のため車を走らす。集落に入って、集会所の看板を見ると、馬池谷集会所、どうやら馬池谷が優勢のようだな。
再び、粟屋コミュニティセンターに電話する。馬行谷、馬池谷、地元の人はどっちの名前を使っているのでしょう。
両方混在しているようなのです。公式には馬池谷ですが、話し言葉では馬行谷を使う人が半分はいるようです。
読み方は、まいきだに、まいけだに、まい+(き+け)/2+たに、きのような、けのような、曖昧語で発音すれば万事うまく行くんじゃなかろうか。
長伝での案内看板に、方向として馬池谷とあり、谷の出口の案内板に馬池谷とあり、集会所にも馬池谷とある。国土地理院の敗北、明治期に馬行谷と採用したのはミス、少数派から聞き取ったのだろう。
谷の出口に到着、江の川の岸辺でもあり、廃止した三江線の線路がまだ撤去されずに残っている。撤去費用のほうが高いから線路はこのまま置きっぱなしにしておくんだろうね。

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2023年10月20日 (金)

君田の道の駅から高暮ダム高野口和をぐるっと(自転車篇)

高暮ダムの堰堤に到着、ここには12年ぶりにやってきた。堰堤が深く切れ下がっているなど覚えてもいなかった。まったく忘れていた風景なんだね。
ダムの湖面は下がっている。下の沓ヶ原ダムは満水だった。こんなに水量が乏しいのは通常の状態なのだろうか。今年が異常気象だったのだろうか。
湖面に沿って登って行くが、林が邪魔をして湖面が見えている風景には出会えなかった。
赤い橋がある。藤淵橋というのだ。ほぼこのあたりがダム尻なのだが、この辺りは水がなくて荒れた状態だなぁ。
川に沿って登って行くが、おっと、ここは直進すべきか、川沿いに下りて行くか。しばらく考えた。山沿いの道なら間違いない。川沿いの道ならショートカットになるんじゃなかろうか。
川沿いの道を選択、小学校の廃校があって、方向案内の矢印があるが、この時点でわたしの空間認識が混乱しています。矢印の方向が信じられない。
大谷橋という名前の橋を渡って、橋の下の川の流れを見ても、どっちが上流か下流か、こっちが上流だろう。
ふらふらと自転車を走らせて、おっ、誰かいる、道を聞こう。高野へ行くにはこっちでしょうか。
反対に来とるよ。逆じゃがのぉ。このま進むと高暮ダムへ行くよ。橋まで戻りんさい。川の流れをよぅ見ての、どっちが川上かよぅ見てみんさい。
大谷橋まで戻って、川の流れをよぅく見てみると、ほんまだ、川の流れを逆に見ていた。大袈裟に言えば空間識失調、平たく言えばぼんやりしていたのだ。
さっきの迷った分岐で、山沿いの道を行けば、間違いなく上流への道を失うことはなかったのだ。何度も橋を渡るので、その度に流れの方向が変わって、上流下流の認識が怪しくなってしまったのだ。

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2023年10月 3日 (火)

自転車で北広島町、豊平どんぐり村コースを行く(自転車篇)

北広島町を自転車で走ることで思うのは、千代田・大朝・芸北は自転車で走っているのに、豊平には自転車で走ったことがない。これは行かなきゃなるまいよなぁ。
中国道を千代田インターで下りて、国道261号線から国道433号線、途中の吉川元春城館跡へは、つい先日8月28日に行ってきたところなんですよ。
吉川元春城館跡は豊平の地内にあるから、全然豊平に踏み入れていない訳でもないのだよ。
そのまま車を走らせて、豊平の旧役場前あたりで国道433号線を離れて県道40号線を走ると道の駅豊平どんぐり村に行きつく。
大概の道の駅は道の沿線にあるもんだが、ここのは違う。道から引っ込んでいる。売店の他に宿泊施設やいろんなスポーツ施設を抱えている。
さんさん市という名の売店とそば道場どんぐり庵の間の駐車場に車を止める。
北には龍頭山が見えている。南を見ると、とよひらウィングという室内体育館が見えている。野球・テニス・フットサル・グランドゴルフ、などなどの設備が整っている。
車から自転車を引き出して走り出すとしましょう。
県道の脇に道の駅豊平どんぐり村と看板がある。道の駅そのものには看板がなかったよなぁ。
路面にはどんぐりコースとプリントしてある。サイクリングの案内プリントなのだよ。
ここに龍頭山への登山道取り付きがある。ここから龍頭山に登って行くのだ。遊歩道と案内があって、いかにも気軽そうにグレードを引き下げてPRしてある。
県道から真正面に龍頭山を見る。ここの山はむっくりと起き上がった山で、整備された道があるので歩き甲斐のある山だよ。

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2023年9月16日 (土)

毛利元就郡山城入城五百年(自転車篇)

安芸高田市内を行くと、あちこちで毛利元就郡山城入城500年のポスターが貼り出されています。
郡山城入城にも二段階あって、幼い当主の後見として叔父として入城したのが最初、その後合戦で働きを見せて、当主に就任して入城したのがその節目、入城500年はそこから数え始めているのだそうです。
ヤクザで考えてみるとよく分かるよ。
最初はオジキとして入った。先代からのサカズキだから、当代の幹部会には出席できない。出入りで名を上げ、幼い当代に変わって首座についた。あらためて全員、サカズキを元就からもらった。
こう考えると理解できるでしょ。
安芸高田市の駐車場に車を止めた。駐車場に空きはなんぼでもある。どこの自治体でも駐車場は空いている。ただし、三次市役所の駐車場には空きは少ないよ。他の会館・施設に止めたほうがベターだね。
ゆめタウンの前から郡山城を眺める。低い山なんだがなぁ。
安芸高田市歴史民俗博物館の前を通る。ここには一回しか入ったことがない。一回入れば十分だとも言うがね。

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2023年8月31日 (木)

千代田から吉川元春城館跡へ(自転車篇)

尾根を下りれば吉川元春城館が見えている。
また志路原川を渡る。建物が見えているが、それはトイレと土産物店なのだよ。芝生の奥に、国史跡吉川氏城館跡戦国の庭歴史館と立札がある。
歴史館に近づいて見たが、閉館中だった。そうか、今日は月曜日だ。あとでホームページで確認すると月曜休館となっていた。
ここには館史跡が二ヶ所ある。日野山・火野山・日山に山城があって(同一名称、資料ごとに名前が違うのだろうな)、大朝側に館史跡が三ヶ所もある。
城塞としての城は理解できる。軍事の城はひとつでええとして、政庁としての館がそんなに幾つもあるのが理解できない。
そんなに転々と政庁を動かしたのだろうか。吉川本家の館、一族支族の館が、資料がとぼしくて、未分離で今に至るのかもしれない。
引き返そうか。尾根の坂道を登り返すのはいやだね。志路原川に沿った道がある。それを行こう。あまり車が入る道ではないからさらに好都合だ。
里道は国道433号線に合流する。国道433号線とは三次大竹間を結ぶ国道で、国道261号線とはX型に交差しているのだ。
国道は舞綱地区に入って行く。舞綱はもうつなと読むのだよ。難読集落名があるが、これはちょっとだけ難読、はるかに易しい読み方なんだね。
おっと、町道の案内がある。町道瀬丸線とある。ここは蔵迫。峠を行くより川沿いに行ったほうが自転車には楽だ。自動車のおねぇちゃんがいたので確認する。
ここからの町道は自転車でも行ける道ですか。草に覆われているとか、そんな道じゃありませんか。そうなんですか、普通の道なんですね。どうもありがとう。
なるほど、教えてもらった通りだ。普通の車道なのだ。志路原川のせせらぎがちゃらちゃら流れている。

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2023年8月24日 (木)

三次・庄原、国道と並行する脇道を行く 3

たんぼの中の道は山の中の道に変わっていく。もう漕げない。自転車を押して歩いていく。
熱中症警戒アラートの中を進んでいるのだ。木陰になって、ほんのちょっと休もうと思っても、大休止になってしまう。いっぺん降ろした腰が上がらないのだよ。
登りの道は折れ曲がって下り坂を示している。ここから七塚原高原なのだよ。尾根は平らな高原になって牧場風景が良く似合うのだよ。
ポプラ並木が特徴的なのだ。観光ポスターで七塚原の風景としてよく見る姿なのだ。
ここからはざっと1キロ、道路が三次市庄原市の境界なのだよ。正しく言うと、三次市の区域が楔形に庄原市に食い込んでいるのだよ。
ほぼ楔の先端に三次市庄原市の境界標識がある。
池を隔てて広島県立大学が見えている。正面に回って県立大学に真向かう。
生物資源科学部と生命環境学部があるのだよ。他に広島キャンバスと三原キャンバスがある。
どうやら呼び名が変わったらしいのですよ。設立当初は広島県立大学だったのに、最近では県立広島大学と名乗っているみたい。
最初の予定では、ここから庄原の市街地に向かうつもりだったのですよ。あまりにも暑い。もうこれ以上足を延ばす気にならない。ここで打ち切って引き返そう。

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2023年7月31日 (月)

安芸高田 向原 吉田 八千代 安佐北区白木町井原市(自転車篇)

可愛川が大きく北へ向かうあたりが吉田町と千代田町の境界なのだよ。
対岸に、新庄みその工場が見えてくるあたりが吉田町と千代田町の境界あたり、ところが、新庄みその工場は吉田町に属する。川の流路変更で、自治体の境界が変なことになっているのだよ。
可愛川の流域を離れて、斐川の流域になってくる。土師ダムへの道に進まず、このまま国道54号線を進んで行く。
国道の左側に阿賀城山が見えてくる。この山で驚いたのはハングルが印刷されたビニールテープを見たこと。コースの下見に来たとき、ポイントポイントにテープでマークしておく、その名残りなんだね。
へぇぇ、韓国からの登山ツァーがこんなところまで来ているとは、びっくりだね。
真っ直ぐな国道で変化がない。やっと変化が現れた。上根信号交差点を左折する。ゆずりは農道と案内がある。
きつい登り道なのだよ。下を見下ろすと、上根峠が見えている。平地が切れ落ちていきなり谷になっているでしょ。
河川争奪の結果なんだよ。太田川水系の根之谷川が斐川の上流部を突き崩して流域を奪って行っている。明かな侵略行為で、これを河川争奪と言うのだよ。
ヘロヘロになりながら自転車を押して登っていく。
登り詰めた。ゆずりはトンネルがある。トンネルは下向きに勾配がついている。
トンネルの中ではハンドルが安定しない。よろよろと左右にぶれるので、これではいかん、歩道を押して下りていく。

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2023年7月18日 (火)

県道451号線、帝釈峡で一番マイナーなコースかも(自転車篇)

間もなく帝釈峡のホテルに到着する。岩をトンネルで穿ってある。ふたつのトンネルを経て、紅葉橋に到着、紅葉橋が庄原市東城町と神石高原町とを分けているのだ。
橋を渡れば神石高原町、トンネルを潜れば町立の歴史民俗資料館がある。資料館には入ったことはないが、トイレと有料の駐車場は使ったことがある。
ここから遊覧船が出ている。乗ったことがある。船は上流にちょこっと、大部分は下流のダム堰堤の手前まで行って引き返してくる。
救命胴衣は準備していない、イザという時、救命胴衣はここに、とのアナウンスもない。
コンプライアンス違反だよ。知床で遊覧船事故があったので、国土交通省の総点検があったはずだよ、指導に従わないとは、ちょっと無神経だと思うよ。
帝釈峡はこれで終わり、引き返そう。
ホテル錦彩館、ホテル養浩荘の前を通って、大きな交通標識がある。休暇村帝釈峡 県道451号線が見えている。この先国道に抜けるまで自動車には一台も出会わなかった。そんな道なんだよ。
いきなり登り坂、漕いで登るのは無理だ。自転車を下りて押して登る。最初の峠がここ、下り坂になって休暇村帝釈峡の案内看板が出迎えてくれる。行かないよ、ただ、地図的に示すため述べただけ。
この先の第二の峠を越えて郷原の集落までたどり着く。見る家々は今でも住まいしているのだろうか。どれも廃屋に見えるのだが。
今トラックに積んでいるのは農機具で、売り払っている姿にしか見えないのだがね。もう農業も廃業して農機具は全部売り払ってしまう。年寄りが亡くなると、次の世代は清算してしまう、よくある姿だよね。
郷原の集落内は往復車線の幅があった。集落を外れると一車線になった。行き交わすのは注意しながら横に食み出して交わして行くことになるね。
ここが今日のコースの最高地点、この先は一気に下って行く道になるのだ。

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