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2020年3月22日 (日)

三次市三和町から豊栄飛行場、下り坂で転んで骨折(自転車篇)

ゲートには豊栄飛行場と看板が取り付けてある。さらに急な坂道を押して登って、山頂部を切り開いて滑走路がある。
通常の飛行機ではない。ライトプレーン、ウルトラライトプレーンで遊んでいるのだ。見ていると、単座の飛行機あり、複座の飛行機あり、外殻なしで、剥き出しの状態で乗っているんだね。
今日は風が強いですね。こんな日には飛べないでしょう。無理、無理、飛べん、飛べん。自転車で来ちゃったんかいね。
さて、下りるか。こんな急坂は自転車の乗ったままでは危険だぜ。押して下りよう。ゲートも過ぎて、四つ角も見えてきた、このへんからなら乗ってもええだろう。
メイデイ、メイデイ、アウト・オブ・コントロール! ハンドルが左右に取られてグニャグニャグニャグニャ。
セメント舗装で、タイヤとの摩擦を効かせるため、洗濯板舗装にしてあるのだよ。洗濯板でハンドルが取られて操縦不能に陥ってしまった。
自転車から放り出された。左足の爪先に草の株が引っ掛かった。爪先は踵の反対側に曲がって行った。
とんとんと足踏みしても痛くはない。しかし、ペダルに足を掛けるとジンジン痛む。
捻挫程度だろうなと軽く思っていました。
とにかくタクシーを呼ぼう。104で東広島市豊栄町のタクシー会社の電話番号を聞いてタクシーを呼ぶ。三和支所の役場までタクシーで来て、自分の車を回して自転車を回収する。
休日夜間急患診療所に行く。足の骨、脛骨、腓骨、腓骨のほうにひびが入っていますね。明日、整形外科に行ってください、紹介状を書いておきます。
翌日、整形外科の見立てでは、腓骨が裂けています。三次中央病院を紹介します。そこで手術を受けてください。
今日は土曜日、日曜日はこのままでいて、月曜日に入院することにしよう。

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2020年3月13日 (金)

江の川の支流、生田川(いけだがわ)、@安芸高田市高宮美土里(自転車篇)

県道6号線は北へ向かう。大集落へ入って行く。生田大橋を渡る。陰陽神楽街道6号線吉田邑南線とある。広島県安芸高田市吉田町と島根県邑南町を結んでいるのだよ。
邑南の漢字を引き出すには、おおなん と打ち込んで転換すれば邑南と候補が出てくる。参考までに。
ここが生田集落である証しです。交通標識に、安芸高田市美土里町池田とある、Ikeda とある。生田川(いけだがわ)は生田(いけだ)集落で代表する川なのだよ。
集落外れの新大橋を渡る。観光案内の看板がある。犬伏山への分岐なのだ。「湿原、三瓶の展望、犬伏山」「湿原、三瓶の展望、犬伏山2」ここから犬伏山に向かったことがある。
自転車で走るにあたって、一応、原則を立てております、正午になったら引き返す。とりわけ、秋から冬は日没が早いからね。原則に従って、ここで弁当を食べて引き返そうよ。
さて、帰り道、生田の集落内を行こうか。県道の新大橋と生田川をながめる。江戸時代以前からの旧道を戻ろう。
国土地理院の地図、2万5千図を見ると、生田には、上市、中市、下市、出店と集落名がある。
昔々は店屋があったのだろうな、旅籠があったのだろうな。今は寂れているが、地名が昔の繁盛を教えてくれるのだよ。
旧道から県道に出ると、バス停の名前が生田市、ほらね、市が立っていたのだよ。

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2020年3月 1日 (日)

江の川、芦田川、沼田川、水源地を行く(自転車篇)

ここは筒石峠と呼ばれているのだそうな。峠を境界にして、ここからは三原市大和町に変わる。
分水嶺の標識がある。江の川水系と芦田川水系の分水嶺なのだよ。
上下町、世羅町、大和町、三和町、豊栄町、向原町、八千代町、おおむねこの辺のラインまで広島県の分水嶺は南に引き下げられる。江の川が侵食したからだよ。
河川争奪もあって、安芸高田市八千代町と広島市安佐北区の境界の根之谷川は太田川が江の川から奪い取った谷で、上根峠が河川争奪の最前線なんだよ。
さて、その分水嶺を越え、芦田川側に入って行くと、前回、世羅西からやってきた交差点に出会う。ここは直進、200メートル先に分岐がある。ここを右折。
芦田川源流の看板に従って右折、たんぼの中の道を進んでいく。
養魚池が連続している。昔はたんぼだったのだろうが、掘り下げて池に変えてしまったのだろうね。錦鯉の養殖業なんですよ。
日本の錦鯉の最大の産地は新潟県旧山古志村で、広島県三原市大和町が二番目の産地なんですよ。だから養殖池が連続して出現するわけだ。
舗装路から砂利道に変わって、芦田川源流の碑がある。ここが芦田川で一番遠いとされるところなのだ。背後に祠があって、水分神社を勧請してある。

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2020年2月24日 (月)

前回間違えた分岐から、世羅、三原・大和を行く(県道45号線)(自転車篇)

進んでいくうち、サイクリングターミナルの案内が見えてきた。脇道だけど寄ってみようか。
オブジェの看板があって、その奥に建物があるが、カラーコーンで入口に蓋をしてあるし、誰もいないような雰囲気なんだよ。今も生きている設備なんだろうか。
入口から遠く見るだけで訪問はやめておこう。
帰ってからネットで調べてみると、去年の3月で廃止になっていた。廃止になったのなら案内板などを撤去しないと錯覚するよねぇ。
神田大池の池の頭まで来た。雑木が邪魔して池は見えない。堤の入口があってそこから池に近づくことができる。
池の堤の天端は広いが、自転車で漕いで進むのはドキドキするね。間違えて池に落ちたら命がないし、堤から下流側に落ちても大怪我をする。なるべく池側から離れて漕いで進む。
堤の上から灌漑する耕地を見渡す。大字名が萩原と言うのだよ。萩原1区、萩原2区と続いて、萩原5区まで地図にはある。名前に江戸時代の匂いはないね。近代の産物かもしれないね。
堤の端っこまで進んでみると、池の水の放流口があって、対岸とは道が途切れている。
道路まで戻って、先へ進もう。
国道432号線へ合流する。県道45号線はここが終点・始点なのだよ。これで2回に分けて県道45号線を走り抜けたことになる。

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2020年2月13日 (木)

三次・川西、世羅、三原・大和を行く(県道45号線)(自転車篇)

数軒の農家があって、ゆるゆるとした登りの次、一転、激しい下り坂になる。ブレーキを掛けながら、かなり長い下り坂だよ。
やっと平地まで下りて、橋を渡る。ええっ、何だと。橋には、芦田川、門出橋と銘板がある。
これには見覚えがある。「芦田川源流部、甲山から源流へ、その4」で芦田川の源流を辿って、ここを通った覚えがある。
芦田川を遡上するのに、四分割して、瀬戸内海から源流まで自転車でたどったことがある。
「芦田川、河口堰から遡上、下流部を行く、その1」「芦田川、府中から八田原ダム、中流部を行く、その2」「芦田川上流部、八田原ダム、三川ダム、甲山、その3」「芦田川源流部、甲山から源流へ、その4」
水路の上流に池の堤がある。あれは神田大池なんだよ。
県道45号線を辿ると、神田大池の傍に出るはずなんだよ。池の下流に出てしまうとは、道を間違えた。
どっちに進むか迷ったとき、地図に従って直進するべきだったのだ。立て札に誘われてしまったのが間違いだったのだ。

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2020年2月 5日 (水)

安芸高田、高宮・甲田を南北に往復(自転車篇)

上式敷の集落の終わりあたりで、毛利隆元逝去の地と看板が出ている。
尼子攻めの最終決戦で、毛利隆元も参陣した。備後国人の和智誠春の招きで馳走になった。そこで毒に当たったのか、どうなのか、この地で逝去してしまった。
三次市内に和知という地名があります。昔の和知村、戦に行く途中で、そこまで足を伸ばしたのだろうと思い込んでいました。毛利隆元、決戦を急ぐのに何を道草食っているのか。
和智誠春は近くの面山南麓の某寺に布陣していたのだそうです。ここからならば遠くない。饗応に応じてもよい距離なのだ。饗応を断ればメンツをつぶす距離なのだ。
今まで、何か変だな、腑に落ちないな、と疑問に思っていたのが解消しました。毛利隆元も和智誠春もごく近くに陣を敷いていたのだ。それなら納得。毒殺事件が、あったか、なかったか、は別にしてね。
くいくいと登って、野部の集落までやってきた。ここから面山に入って行くのだ。
「安芸高田市高宮町、今度は登った、面山、面山城址」、「安芸高田市高宮町、面山に登れず」登れなかった道ではなく、登れたほうの道はここから進むのだよ。
先ほどの毒殺事件、和智誠春は面山の南麓に布陣していて、毛利隆元は面山の北麓に布陣していたのだ。
あのね、毛利隆元の息子の毛利輝元は暗愚の将として有名です。智将・隆元が生きていて、毛利軍を率いていたなら、もっと毛利家は違った動きになったんじゃないかと思うのですよ。

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2020年1月27日 (月)

世羅町、世羅西、斜めに往復(自転車篇)

たんぼ沿いの登り道で振り返ってみる。津田明神山がもやに包まれている。ゆうべは雨で、雨上がりのもやに包まれているのだ。
この登り坂は本日最大の登り坂なのだよ。足を付くほどのゲキサカではないが、長い、疲労が蓄積する。
登り詰める手前の溜め池がある。ちょっと自転車を下りて池を眺めて和むのもありだね。さて、続けようか。
登り詰めたあたりに花夢の里の看板がある。観光農園の看板なのだよ。世羅の農民は商売上手、しょうしょうの借金はものともせずに観光農園投資に精出していく。ここもその一つなんだね。
世羅広域農道、別名、ふれあいロードを横断する。広域農道はどこでも、ジェットコースターのようで、激登り、激下り、自転車には過酷な道だよね。それでも、この道は二度ほど走っています。
ここが最高地点か、さっきの花夢の里の地点とどっちが高いか、似たようなもんだろうね。
ここからは一挙に坂道を下って小国の市街地の外れに出ていく。

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2019年12月19日 (木)

芸石国境、境界を分ける長瀬川、再び行く(自転車篇)

橋を渡って、またまた広島県側、ここの集落名が大所、橋を渡って島根県側に移っても、集落名は同じ大所なのだよ。
その島根県側の大所で、全面通行止め、どうするかなぁ、通行止めなら引き返すしかないよなぁ。
引き返して、広島県側の大所を過ぎて、次の橋の名前が両国橋、両国橋の写真を撮っていて、振り返ると自動車が止まって待っている。びっくりした、エンジン音が聞こえなかったぞ。
あんたぁ、まだこのへんにおったんかいのぉ、通行止め?別に道が崩れとるわけでもにゃぁよ、もしも落石があったんなら、オオゴトになる、そういうことよ。しゃぁなぇ、しゃぁなぇ、自転車なら通れる。
煽られたなぁ、これも煽り運転と言うのかしらね。ちょっと使い方が違うか。ハッパ掛けられたからには行かねばなるまい。
自転車で自動車の後ろを付いていくと、広島県側の大所の集落に帰って行った。オフクロさんを病院にでも送っていったのかもしれないね。後で、時間を見計らって迎えに行くのだろうね。
よし、通行止めのバリケードの横をすり抜けて先へ行こう。
道は落ち葉に覆われている。通行止めは2年や3年じゃないと思うよ。落ち葉が腐ってこんもりと積もっているもの。大枝が落ちているのは見えていて避ける。小枝は避けることなく踏んで通る。
落ち葉の下には小石があるんですよ。見えない。ゴンゴンゴンと乗り上げながら進んでいく。ロードバイクの世界じゃないね。マウンテンバイクの世界だねぇ。
通行止めの区間はかなり長い。やっと終わりになってきた。
大林橋の下流で通行止めのバリケードがある。バリケードの横をすり抜ける。

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2019年12月12日 (木)

近郷近在、庄原駅前の大仙山

奥の集落で舗装路が尽きるあたり、ちょうどうまいことおばあさんが立ち話していた。大仙山へ登る取り付きはどのへんですか。
後ろの家のところから入る道がありますけぇのぉ、大仙神社があるんじゃがの、そこから先は行ったこともないよのぉ。後ろへ下がってのぉ、あの家の角から入るんよ。
ちょっとバックして、このことだろうな、山に入る道がある。
山に入れば、祠がある、その背後にもうひとつ祠がある。これは集落共同の祠ではないだろうな。家ごとの祠なんだろうな。
祠の奥に、杣道の古いのがあって、その杣道をたどってみる。
獣除けのフェンスがあって、開け閉めの扉がある。なんと、さっきのご婦人が待ち構えていた。家の裏から先回りしてくれていたんだ。
ここから真っすぐ山を登りゃぁの、大仙神社があるけぇの。ここで迷うて諦めちゃぁいけんけぇ、一言声かけてあげようと思うての。
ありがとうございます。助かりました。教えてもらってなかったら、取付口が全然わからなかったことでしょうね。
植林地を進むと、軽トラも通れる幅広の林道と出会った。この林道を登るのだろうか。いやいや、さっきのご婦人は大仙神社に行くように言っていたよな。
山腹の方向に鳥居が見えている。そっちへ向かおう。

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2019年12月 3日 (火)

東広島市河内町、広島空港を経て一周(自転車篇)

ここでの交通標識がユニークなんですよ。県道73号線、県道49号線で、自動車専用道仕様、愛称名フライトロードの49号線には側道がなく、歩行者自転車はシャットアウトしている。
フライトロードの下を潜るので、カルバート(四角い箱の穴)が設置してある。トンネルを潜るわけだね。
植え込みがあって、側道は外へ外へと誘導される。車道に紛れ込むのを防止しているわけですよ。
信号のある交差点がある。オフィス分かれという名前が付いている。ガソリンスタンドがあるが、倒産したようだ。倒産した当時のガソリンの値段がバカ高、いつの頃の値段なんだろう。
振り返ると、空港のターミナルビルが見えている。間には駐車場が挟まっているのですよ。
ここを左折、突き当りがレンタカー会社、そこをさらに左折して山の中に入って行く。
いっぺん坂道を登って、道を下るのだが、ここから先は登ったり下ったり、林道竹林寺用倉線という名の林道なんだよ。
いよいよの下り坂になって、三叉路となる。河内から登ってくるふるさと林道竹林寺線と合流したのだ。
右折すると河内へ下るのだが、直進すると、篁山への道になる。竹林寺に向かってみよう。

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