無料ブログはココログ

2022年1月11日 (火)

三次の神社、二つの知波夜比古神社、どっちが元祖?(自転車篇)

踏切を渡ってここは三良坂駅の裏側のあたり、このへんで坂道を登っていく。
知波夜比古神社の鳥居の前なのだ。扁額には知波夜比古神社とある。鳥居の近くに、三谿郡三十八箇村惣社の石柱がある。三谿郡とは、今の領域で、吉舎・三良坂・田幸・川西・神杉・和田の範囲なのだ。
三次市の前身がほぼ双三郡の範囲で、双三郡とは三谿郡と三次郡が合併したものなのだ。
鳥居から長い石段を登っていく。古社の雰囲気は増していく。
思うに、神杉の知波夜比古神社については、土豪が名前を簒奪したのではなかろうか。裏切り、盗みは普通にある戦国土豪だもの、名前を奪うなどどうってことはないのじゃなかろうか。
神社の雰囲気は三良坂のほうが優っている。神杉の神社はあまりにも平ら過ぎる。判断材料はそこなんだけどね。
再び自転車に乗って先へ進む。

編集が終わりました。
新しいページをアップしています。
これは一部分の抜き書きです。
全体の姿は下のリンクからお出でください。

http://sherpaland.net/bike/2022/bike-220107-chihayahiko/bike-220107-chihayahiko.html

広島ブログ

2021年12月11日 (土)

三次の神社、吉舎を行く、その3、吉舎東篇

この界隈は人家が集まっているが、これは人為的なものなのだそうな。灰塚ダムで立ち退き民家の受け皿になった地区なのだそうな。
移転家屋の受け入れ地区は、三良坂ではのぞみが丘、総領では竹之花、吉舎ではここ郷なんですよ。
上下川の堤防に向かうと神社がある。ダムに水没した厳島神社と八幡神社を合祀して、知和神社としてこの地で再建したのだそうな。
鳥居に扁額があるが、意外に歴史を経た感じに苔むしている。
そのまま進むと、祠の長屋がある。分譲住宅と言うべきか。水没する社・祠を集合させたものなのだそうな。それぞれに神社名があるのだろうが、誰もいないので聞くわけにもいかない。
次の橋、古市橋を渡る。
向うに見えている山裾を目指すのだ。進んでいるうち、浄土真宗正覚寺、これがキーポイント、最初は間違えて進み過ぎ、引き返して正覚寺の東の道を入る。イノシシの檻があって道が尽きる。
引き返して、ムラビト発見、熊野神社はどう行けばええのでしょう、谷が違う、もう一本西の谷を上がれば行けますけぇ。
正覚寺を通り過ぎて、正覚寺の西の谷を進んで行く。舗装がなくなって地道を歩くようになった。神社の前に、今は廃田だが、たんぼがあったのだ。そのたんぼを迂回しながら道が出来ている。
氏子の奉仕で草は刈られている。篠竹・笹、ジャングルの中に道は一本キープされている。
ここが熊野神社、鳥居に熊野神社の扁額、石段の上に熊野神社の本殿はある。説明板によると、これは拝殿、この奥に本殿があるのだそうな。

編集が終わりました。
新しいページをアップしております。
これは一部分を抜き書きしたものです。
全体の姿は下のリンクからお出でください。

http://sherpaland.net/bike/2021/bike-211208-kisa3/bike-211208-kisa3.html

広島ブログ

2021年12月 2日 (木)

三次の神社、吉舎を行く、その2、吉舎南篇(自転車篇)

体調不良でほぼ一ケ月以上出かけられなかった。もう出てみてもええだろう。
吉舎の神社を巡っています。前回、吉舎の北を巡った。次は吉舎の南を巡ろう。合併前の八幡村と吉舎の南の市街地が範囲になります。
吉舎支所の駐車場に車を置く。吉舎の商店街は、北の古市と南の七日市に分かれています。
商店街の中央を馬洗川が流れている。橋の名前が巴橋。下流、北半分が古市通り、上流、南半分が七日市通り。
巴橋の古市側に祠がある。恵比寿神社の祠なのだ。神社の名前は出してないが、ホタテガイの貝殻に恵比寿・大黒の姿が貼り付けてある。類推すると、恵比寿神社の祠なのだろうなぁ。
途中で町内案内図を見て、古市商店街のせのお理容店の角を曲がれば目的の場所に行けると見当を着けていた。ここで曲がる。
墓場が累々とある。谷向こうが寺で、名前が善逝寺、寺の周囲から谷を越えて反対側まで墓石で埋め尽くされている。墓石の間に山へ登る道がある。
吉舎の西側真向かいの山が南天山で、地方豪族の和智氏の居城だったそうです。尾根の先端に尾崎山がある。そこに防御の廓を築いた。それが今に続くわけです。
自転車を麓に置いて歩いて登ろう。鳥居を潜って進んで行く。
稜線には背の高い木はありません。見晴らしがよろしい。これが尾崎山神社、背後に金属のモニュメントがあるが、神殿入りの道具を模しているんだろうね。
吉舎の市街地が眼下に見えている。下流の方向、北を見ると市街地の背後に高速尾道道の橋脚が見えていてアクセントになっている。
さて、下りようか。せのお理容店の角から商店街に戻っていく。巴橋を渡って、七日市通りの商店街がこれ、広島銀行の支店がある。これから恵比寿神社を探してうろうろするんですよ。

編集が終わりました。
新しいページをアップしております。
これは出だしの部分を抜き書きしたものです。
全体の姿は下のページからお出でください。

http://sherpaland.net/bike/2021/bike-211129-kisa2/bike-211129-kisa2.html

広島ブログ

 

2021年10月18日 (月)

三次の神社、吉舎を行く、その1、吉舎北篇(自転車篇)

艮神社が近いのだが、それはね、GPSのウェイポイントを見ればそう告げてくれる。
おばあさんが不審げな顔で眺めている。艮神社はどこでしょうか。吉舎の神社巡りをしております。
まぁ、そりゃぁ、よぉ、まぁ、ここは神社の真裏じゃがね、裏からでも入れるんですよ、自転車を押して付いてきんさい。普通の参道は東から入るんじゃがね。まぁ、ごゆっくり。
いやぁ、とても親切。大回りして東の参道から行きんさい、こう言われてもしょうがなかったのだがね。凄いショートカットの道を教えてもらったぞ。
拝殿には丑寅社の扁額があり、石の鳥居には艮神社と扁額がある。境内の案内板には艮神社と名乗っている。艮神社と呼ぶのが正しいのだろうね。
敷地の区域内を走るのだが、方角だけを定めてコースは適当に走って進む。国道と交差して、交差点名が梅之木交叉点、直進して里道を進む。
元衛橋まで来て、馬洗川の堤防に沿って下流に向かう。300メートルも下ると木の鳥居が見えてくる。鳥居には稲荷大明神と扁額がある。
社内を覗き込むと、正面に扁額が掲げてある。沖路稲荷大明神、民家から離れて馬洗川の堤防、これは沖を指すことかなぁ、堤防だから路でもある、路沖稲荷大明神かもしれないがね。
元衛橋まで戻って橋を渡る。進むと、踏切があって、鳥居が見えている。次の神社はこれだ。

編集が終わりました。
新しいページをアップしております。
これは一部分を抜き書きしたものです。
全体の姿はしたのページからお出でください。

http://sherpaland.net/bike/2021/bike-211014-kisa1/bike-211014-kisa1.html

広島ブログ

2021年10月 3日 (日)

三次の神社、三良坂を行く(自転車篇)

下りの坂道を経て、三良坂の市街地に入っていく。三良坂の商店街が突き抜けて警察の交番で打ち止めになる。
その交番の真向かいから数軒先に八坂神社はある。Bingの地図では祇園神社、三良坂の町内案内地図では八坂神社、どっちが正しいかは知らないが、スサノオ系統の神社であることは間違いない。
もう少し進めば、出雲大社備後分院、明治に出来た広島県で最初の出雲大社の分院なのだそうな。これが神殿の扁額。
自転車で福山市内をうろうろしていたら、出雲大社福山分祠を発見したことがある。分祠と分院とどっちが格上なのだろうね。
三良坂の市街地に戻って、ここの市街地は商店街として健在なんだよ。よその商店街は息も絶え絶えだが、ここはまだ客を集めて立派なもんです。
三良坂町中心地区案内図の看板がある。見てみると、この先に愛宕神社とある。へぇ、これは知らなかったな、行ってみよう。
ははぁ、これが愛宕神社、祠だね。石を積み上げて祠を建てて見上げる高さに仕立ててある。何度もここは通っているが意識したのは今日が始めてだねぇ。
もうちょっと進むとJR三良坂駅、駅舎を建て替えて三良坂リバティホールと命名しているんですよ。文化人権平和のスローガンと同種のものだね。
駅前に出来た新しい橋の名前がみらさか平和大橋というんですよ。やっぱり文化人権平和好きなのは全然変わっていないね。三良坂平和美術館もあるのだよ。人権センターがないのが不思議だよ。
次の角を右折する。福塩線の踏切を越えて進むのだよ。程のようところで山裾の道を右に進む。ここも登り坂なんだよ。
登り坂が下り坂になったあたりで石の鳥居がある。鳥居には知波夜比古神社と扁額がある。知波夜比古神社とは、神杉の高杉町に同じ名前の神社があったが。

編集が終わりました。
新しいページをアップしています。
これは一部分の抜き書きです。
全体の姿は下のリンクからお出でください。

http://sherpaland.net/bike/2021/bike-210929-mirasaka/bike-210929-mirasaka.html

広島ブログ

2021年9月24日 (金)

三次の神社、川西、田幸、和田小学校学区(自転車篇)

美波羅川を離れて坂道を登る。峠の名前が才の峠、峠には賽の神がいるのだろうね。
塩町駅前に下りて、大通りを右に行ったり左に行ったり、あった、これがそうじゃないか、塩町恵比寿神社。神社の向かいの家に背中合わせで写真を撮っていると、犬が吠える。
犬が吠えると、家の人が出てきて、恵比寿の由来を語ってくれる。塩町は志幸の一部なのだがね、志幸の人が塩町で物を買わなくなった、隣の三良坂から卸してもらうようになった。
怒って、恵比寿神社を独立させたのだそうな。
恵比寿神社を志幸から塩町に動かした、どうだろうなぁ、建築費用からして現実的じゃない。氏子から志幸の氏子を排除した、これならあるかもしれない。
語ってくれたのはおばちゃん、おばちゃんのお父さんの時代のことなのだそうな。となると、戦後から高度成長期の時代だろうなぁ。塩町の最盛期の頃のお話しなんだろうなぁ。
どうだろう、この話の真意は、塩町は志幸から独立した、こういうことじゃなかろうか。
馬洗川を渡って和田に入る。田幸について語っておこう。大田幸、小田幸の旧村があり、近隣の村々と合併するのに、最大勢力なので田幸村と名乗るのに遠慮がなかったということだろうね。
和田地区は三次市合併前の旧村名は和田村、和知村と向江田村が合併して、一文字づつ取って和田村になったのだ。

編集が終わりました。
新しいページをアップしています。
これは一部分を抜き書きしたもの、全体の姿は下のリンクからお出でください。

http://sherpaland.net/bike/2021/bike-210921-kawnx_tako_wada/bike-210921-kawnx_tako_wada.html

広島ブログ

2021年9月15日 (水)

三次の神社、作木の迦具神社、本社も分祠も全部(自転車篇)

向うの山裾に鳥居が見える。あそこが大山の迦具神社なのだな。ほぼ位置関係が見えてきたぞ。
大山集落の中央らしきところから県道436号線に沿って進んでみるか。
この県道436号線は盲腸のような路線で、香淀から始まって、大山のここを通って、大山地区の東地集落で突然終点になる。
県道は終点でも、道はさらに続いているのだよ。それでいて、県道の延長計画はないみたい。
そこは「旧三次西小学校校区の裏山の山道」で県道の末端を通ったことがある。
いえね、住居表示で大山という区域は広いのだなぁ、と感心しているんですよ。
GPSにウェイポイントを作ったおいたのだが、ポイントは道の下にある。森の下にあるのだ。これは間違えた、進む方向を間違えた。
引き返して、墓地が見える分岐から行くべきなのだろうな。進んでみると、どんぴしゃり、大山の迦具神社の前に出た。鳥居には迦具神社と扁額にある。
さすがにここの迦具神社では、神楽殿・拝殿・本殿の様式は維持できていないようだよ。
ローカルな神に迦具神社がある。近隣に迦具神社が分祠を建てている。今のところ、分祠をふたつ見つけたが、他にももっとあるのかもしれない。
地頭、庄屋が強くて広めたからかもしれない。川の船頭が威勢がよかったからかもしれない。川の船頭から分限者・長者に成り上がったのもいるだろうね。ローカルな事情があるのでしょうね。
迦具神社信仰はともかくも、神楽を楽しみたいという欲求のほうが強かったのかもしれない。
大山集落の分岐まで帰ってきた。直進すれば香淀へ、左折すれば唐香へ、ここは左折して唐香へ向かう。
峠に出た。ここを越えると真っ逆さまに下り坂、ブレーキを握り締めてスピードを殺して下りていく。この区間の勾配は9%、ここを登りに使うと、延々と押して歩かなきゃならんな。

編集が終わりました。
新しいページをアップしています。これは一部分の抜き書きです。
全体の姿はしたのリンクからお出でください。

http://sherpaland.net/bike/2021/bike-210912-sakugi-kagujinja/bike-210912-sakugi-kagujinja.html

広島ブログ

2021年9月 8日 (水)

三次の神社、酒河、青河、神杉小学校区(自転車篇)

前回から始めた三次の神社、けっこう面白いな。単に市内を自転車で駆け巡るより、あるテーマに沿って走ってみる、こういうのもええな。
続きを行こう。前回の、三次、十日市、八次に隣接の、酒河、青河、神杉、小学校区を行ってみよう。
三次運動公園に駐車しよう。いつもは陸上競技場に近い駐車場に停めるのだが、スタート・ラストが重ならないように、きんさい野球場の傍の東駐車場に車を置くことにしよう。
駐車場を出て、すぐに街道から離れる。左折して丘沿いに進むのだよ。この森は鎮守の杜、山裾を開発して分譲住宅の団地が出来上がっている。
じきに八幡宮の鳥居の前に出る。八幡神社なんだね。案内板がないのが残念だね。この神社は何年に創建されてどうのこうのと由来が書いてあるやつ、なきゃないでそれでもええけどね。
この神社、東向きに建っております。
街道に出て、三次市立中央病院の前を通って、あれぇ、玄関前に若者の行列が長く延びているよ。ははぁ、コロナワクチンの接種なんだ。日曜日で病院が休みだから、若者中心に接種しているのだ。

編集が終わりました。
新しいページをアップしております。
これは出だしの部分、この先はしたのリンクからお出でください。

http://sherpaland.net/bike/2021/bike-210905-sakegw_kamisg/bike-210905-sakegw_kamisg.html

広島ブログ

2021年8月30日 (月)

三次の神社、三次十日市八次の頁(自転車篇)

7月も雨、8月も雨、雨続きで自転車を外に出す天気じゃない。天気が晴れても、よめさんの買い物のアッシーを優先しなければならない。
やっと秋雨前線が遠ざかって、なんとか自転車に乗れる天気になってきた。さぁ、出かけるぞぉ。
今回は、神社を巡ってみようと思う。自動車で通り過ぎるだけで、実際は見たこともない神社がなんぼでもあります。
尾関山公園の駐車場に車を止めて、出発しよう。
三次の市街地の北に太歳神社がある。
太歳神社、ださいじんじゃ、だざいじんじゃ、おおとしさん、そんな名前で呼ばれている。
ちらっと小耳に挟んだところでは、太歳神社は広島県が中心のローカルな神なんだそうな。近畿や出雲に本籍のある神ではないのだそうな。そこは出典不明、ただの思い込み・錯覚かもしれません。
名前の通り、年の受け渡しを司る神で、えらく抽象的な功徳・効能を施す神なんだねぇ。
比熊山の山裾にあるので、山からの災害を鎮めるお役目があるのかもしれない。
太歳神社の前で道は分かれている。一本はバイパス的な新しく出来た道、もう一本は昔からの道で、石畳の道なんですよ。石畳の道を行こう。石畳は最近の観光開発で、江戸時代の昔からあったわけじゃないよ。

編集が終わりました。
新しいページをアップしております。
これは出だしの部分の抜き書きです。
この先は下のリンクからお出でください。

http://sherpaland.net/bike/2021/bike-210827-miyo_toka_yazg/bike-210827-miyo_toka_yazg.html

広島ブログ

2021年7月29日 (木)

神野瀬川、山あいを蛇行する下流域 2回目(自転車篇)

尾関山と比熊山を繋ぐ低い尾根を越えて、江の川に沿って下っていく。国道54号線に合流する。神野瀬川に沿って走るようになる。神野瀬川に架かる最初の橋が日山橋。
この先で洞門を二つ潜る。みはら洞門、みはら第二洞門、庇の下を抜けていくのだ。
ラブホテルの前を通るのだが、ラブホテルに、結集!ひろしま、立憲民主党系の選挙ポスターが貼ってある。
そりゃぁ、ラブホテルだからふたりで結集することなんだが、業種に不似合いなポスターだと思いませんか。
神野瀬川に次に架かる橋が神明橋、橋を渡らず、橋の手前で脇道に進む。
坂道の途中に道の分岐がある。以前に、この道を進んでみた。地図には橋もないし、道も結ばれてはいない。いいえ、ちゃんと橋がある、黍新橋、渡ればそこは布野町、黍集落。
そのまま進めば、神之瀬橋、橋を渡って、山家町に入り、神之瀬集落、そのまま山家町の中心部目指して進んでいく。神野瀬だったり、神之瀬だったり、地名には拘りがあるから尊重しましょう。
で、先ほどの分岐、路面に中国山地コースY10とプリントがある。別名、道の駅グルメ堪能コース。
道の駅ゆめランド布野、道の駅ふぉレスト君田、道の駅たかの、道の駅たたらば壱番地、道の駅掛合の里、を結ぶ自転車コースなのだ。距離が125kmあるから、覚悟して乗り込んでね。
だらだらとした一本道で、暑いので木陰の誘惑には勝てない。要所要所で休憩することになる。
峠が見えている。こういうのは峠と呼ぶのだろうか。馬の背とでも呼びたくなる。今は休耕田だが、たんぼが連続して繋がっているのですよ。こういうのは峠とは違うと思うがねぇ。

編集が終わりました。
新しいページをアップしています。
これは一部分の抜き書きです。
全体の姿は下のリンクからお出でください。

http://sherpaland.net/bike/2021/bike-210726-kannose_karyu2/bike-210726-kannose_karyu2.html

広島ブログ

より以前の記事一覧

最近のトラックバック

2022年1月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31