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2018年12月13日 (木)

世羅高原ふれあいロード(世羅広域農道)、2回目(自転車篇)

もう昼食の時間だなぁ。走り出す前に、最初に決めていたんですよ。昼食を食べたところで引き返す。どこか適当な場所は、と。
ここにしよう、道端の藤棚の下、ここなら問題なし。
車の通りはほとんどなくて、道端で弁当を食べていても違和感なし。食べ終わったぞ。引き返そう。
ここまで来るのに登り下りの坂道で喘いだが、帰りも同じ。自転車を下りて押して歩くほどの坂道じゃない。それでも、坂道の途中で自転車から下りて息を整えなきゃとても持たない。
同じ道を往復すると、行きに楽したぶんだけ帰りにしっぺ返しがあるね。
再び黒川明神山が見えてくる。連続する明神山三山が世羅の風景だし、高山、早山ヶ城、新山、これも世羅の特徴なんだよね。
突き当りが世羅広域農道の起点・終点、地図の上にグイと一本線を引いたような道で、広域農道はこう造るのだよと見本のような道づくりなんだよね。
県道へ合流する。世羅町の領域には歩道がある。三次市との境界から歩道はなくなってしまう。同じ県道でもこの落差はなんだろね。
朝に車を置いてきた駐車場所まで帰って来た。
同じ世羅広域農道を走っても、前回は走り始めが10時過ぎ、今回の走り始めが9時半ごろ、前回は終点まで行ったのに、今回は途中で打ち切って引き返した。
どこが違うかと言うと、その間に9年の歳月があるのだよ。自転車の性能が上がったのでアドバンテージがあると思ったが、加齢のハンデキャップのほうが大きかった。
坂道のアップダウンが連続すると、やっぱり楽ではないね。ここで過去の自分との差が出たのだ。次は、川沿いの道のような平坦な道で過去の自分と勝負してみたいもんだよね。

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これは最後の部分の抜書きです。全体の姿は、下のリンクからお出で下さい。

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2018年12月 2日 (日)

近郷近在、岡田山3、純度100%の自然道で登る

通信鉄塔が見えている。来るときも通信鉄塔を見ているんですよ。その時はどこの通信鉄塔なんだろうな、あとで地図で確認しようなと思っていた。
ぼうっと生きているんじゃねぇよ。チコちゃんに叱られるよ。あれは岡田山の通信鉄塔じゃないか。たんぼの近くの道から見るのなら岡田山の鉄塔だと直ぐに判らなきゃ。
峠を越えて道は下り坂、ぽくぽく歩いているうち、蜂郷の集落は目の前に見えている。
帰って来たぞ、岡田山への道を、純度100%の自然道を歩いて登ったぞ。蜂郷集落近くの道は舗装道路だが、それでも自然路と呼んでも差し支えないと思うよ。
このコースは、ネットでは初出なんですよ。ネットで発表しなくても、歩いている人は大勢いるもんね。一般的にはね。
このコースにはテープもリボンもありません。どうも、登山者の気配が感じられない。難度は高いような簡単なような、ま、そこは、自己判断でトライしてね。

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これは、最初の明神山の周辺の部分の抜書きです。
次の明神山と最後の明神山はこの続き、下のリンクからおいでください。

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2018年11月30日 (金)

明神山連続三山走破、2回目(自転車篇)

谷は一挙に登り坂になって、見上げれば民家が上へ上へと重なっている。この坂道をセッセセッセと漕いで行かなきゃならない。
自転車を押すまでもないが、時々、息を整えるのに自転車から下りる。振り返ると山稜にアンテナ群が見えている。あれは岡田山頂上のアンテナ群なのだよ。
やっと激坂を登り切った。登り切ったところに地蔵堂がある。峠の地蔵なんだね。いやぁ、お疲れ、お疲れ、と癒してくれているんだろうね。
この先も登り下りはあるが、今までと比べるとへのかっぱ、大したことはない。
登り切ったところにほしはら山のがっこうがある。廃校になった旧上田小学校をNPO法人にして再利用しているんですよ。
道から離れて上田明神山に近づいて行く。山裾をそのまま進んで行くと、案内看板がある。ここは上田明神山の登山口で、看板の右に道がある。
さらにこのまま北に行ってみよう。
民家があって、ここは槇の集落なのだよ。10軒程度の集落で、突き当りに地蔵堂がある。地蔵堂から離れて、左右それぞれに民家が点在している。
ここから上田天神山を見上げる。あまりに接近しすぎているので、写真に撮ってもクローズアップ過ぎて写真にならない。
よし、満足。もう一度、ほしはら山のがっこうまで戻る。さらに街道の先を進む。

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これは、最初の明神山の周辺の部分の抜書きです。
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2018年11月17日 (土)

近郷近在、岡田山、別の道では登れず2

どうも違う、この道ではないな。尾根の曲がり角で尾根に取り付いてみる。植林は若木でこの先に突っ込むのは難儀するな。
植林の若木は他の木の枝葉と争っているのですよ。成長して制空権を奪うと太陽の光を独占する。地表まで日光が乏しいので他の木が競り負けるのです。今は戦いの真っ最中だ。
ここはダメだ、引き返そう。
分岐まで帰って、途中に別の分岐があったな。そこまで引き返そう。
ここがその分岐、入って見ると、ちゃんとした林道で、幅広の道、石ころがゴロゴロしているのは難だが、ええ道じゃないか。
道の下にたんぼの放棄田のようなものが見える。道は、この先行き止まりの気配だよ。
さてはこの道、林道じゃないのだ、ここのたんぼへ通う農耕道なのだ。さすがに、ここのたんぼを維持するのは大変な努力が必要だよ。
江戸時代、隠し田というのがあった。年貢を逃れる隠し田なのだよ。さっき見た、蜂郷集落から離れたところにたんぼがあるのからすると、そんな歴史が続いているのかもしれないね。
蜂郷集落の周辺にはそんなにたんぼがあるわけでもない。はるかに山の裏側にたんぼがあるとは、行ってみなきゃ、歩いてみなきゃ、判るわけがない。藩の奉行所もそこまで目配りできたかしらね。
ここから山を見上げると、山肌は密林でとても入れるわけもないな。岡田山を目指すのは止めた、諦めた、引き返そう。

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2018年11月 9日 (金)

高梁川支流成羽川、ここから成羽川が始まる(自転車篇)

道が分岐している。直進すれば猫山スキー場から道後山西麓、右折すれば持丸集落を経て鳥取県に抜けられる。
ところが、県境の三国山トンネルの向こうは豪雨災害で通行止めになっている。わたしの今後の予定では、ここから自転車で県境コースを考えていたが、復旧するまで延期しなきゃならんな。
橋のこっち側は東城町なんですよ。橋の向こう側は西城町。橋の名前が永金橋、永金は西城町側の集落名です。橋の銘板に成羽川とある。
橋を渡らず、右折して進むと、持丸川と道後川が合流している。ここからは成羽川とは呼ばすに、持丸川、道後川と川の名前が変わる。
持丸川、道後川、どっちが主流か、どっちの川の水線が長いか。持丸川のほうでしょうね。地図では、三国山からの鳥取県との県境尾根から発していると描いてある。
ま、そこは、2013年_8月19日 「道後山山麓一周(広島県鳥取県)」で自転車で走っているから、成羽川の源流から高梁川への合流点まで、合わせ技で貫通したと言っても構わないでしょう。
ここで記念写真を撮って、川の終点から始点まで、一気通貫したことを祝うとするか。
少し下流に下がると、持丸川と道後川の合流点が見える。川原には累々と石が重なっているが、源流地帯だからまだ石も摩耗していないのだよ。
さて、帰ろうか。狐峠、槇が峠を越えて、駐車した場所まで帰ってきました。

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2018年10月31日 (水)

近郷近在、旧三次市最高峰の岡田山

橋のたもとで道が膨れているところがある。ここに駐車しようか。
橋の名前を見ると、新吉之口橋、ということなら、ここの集落が吉之口なのだろう。集落の背後の山が岡田山なのだね。
歩いていると、山の端に通信塔の頭が見えている。完全に間違いない。この道を進めばええのだ。
子計橋という橋で道は二分している。こばかりはしと読むのだそうな。橋を渡らず、橋の手前を左折して進む。
集落の外れで道は大きく曲がる。曲がって獣除けの柵がある。開けて閉めて、たんぼの道を進むと、また獣除けの柵がある。開けて閉めてさらに進む。
これはおかしいな。このまま進むと、吉之口集落から末国集落に進んでしまう。この道はたんぼの中の農耕道だ。引き返そう。
引き返して、さっきの集落外れの大曲りのところで谷への道が柵で封鎖してある。封鎖は厳重で、開け閉めできるようにはなっていない。
仕方がない。北麓からの道は諦める。子計橋には戻らずに吉之口集落の中を突き抜ける。よそんちの庭を突き抜ける。犬に吠えられるが、不審者じゃないからね。
新吉之口橋のところに駐車したが、そこまで戻って行こう。
なるほどなぁ、岡田山についてネットに上がっていない理由がわかったぞ。地図に道はあるが、柵で封鎖されているから進入できないのだ。誰もがこの柵に撃退されているのだ。
こっちから進むのは諦めた。岡田山の南麓から登ることにしよう。

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2018年10月24日 (水)

高梁川支流成羽川、東城の下流上流(自転車篇)

高梁川の支流の成羽川を合流点から源流まで自転車でたどってみようという企画です。
前回は、新成羽川ダムのダム尻まで進み、神石高原町と庄原市東城町の境界まで進みました。その続きを行きます。
自動車は道の駅遊YOUさろん東城に置く。ここから成羽川を下流へ上流へとブランコすることにします。
自転車で走り出したが寒い。胴震いする。この前自転車を走らせたのは10月4日、その時は格別寒いとも思わなかった。膝上パンツで走ったもの。
ハーフパンツはもう無理だと、足首までのレーパンを履いたが、胸が寒い。これはいかんなぁ。次からは冬仕様に徹することにしよう。
成羽川沿いにどんどん下れば、スノーシェッド(雪覆い)なのかロックシェッド(岩覆い)なのか、道路の半面を覆っている。
畑トンネルを抜ける。トンネルを迂回する旧道があるが、草とイバラが繁っていて自転車は入れない、トンネルが嫌でも使わなきゃならない。
神石高原町と庄原市東城町の境界に達する。前回はここで引き返したのだ。今日もここで引き返す。境界看板のコラージュを作ってみました。
川下に下るのはムチャクチャ寒かった。今度は登り、自転車を漕ぐので体が燃える。寒さも辛抱できるようになってきた。
東城の街に帰って来た。一番川下の橋が新大橋、え、えらく単純な名前、東城なんとかなど名乗らずに、きっぱり新大橋と名乗っている。天下の新大橋だ、文句あるか。
その新大橋から成羽川の上流を見る。川の堤防は低いが、台風の被害は免れたのかしらね。

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2018年10月22日 (月)

近郷近在、安芸高田市甲立の毛宗坊山

地形図を眺めると、谷底から左に点線路が描いてあるんですよ、現実は、谷底から右の尾根を登っている。事前に予想していたコースとは違う道を行っているよ。
岩場を越えて行く。何回目かの岩場で、それほど印象的な岩場というわけでもない。
地図にはない道だが、とても歩き易い道なんですよ。杣道なんだろうが、枝葉に邪魔されることがない。ほとんど極相林を行く感じで、広々と歩ける。
支尾根から主尾根へ抜け出した。山頂は主尾根の右に行くのか左に行くのか。こんな場合、GPSにウェイポイントを登録しているから、便利、GPSのウェイポイントの方向へ向かって行く。
到着、ここが毛宗坊(もうそうぼう)山の頂上なのだ。
いかにも三角点の格好をした標石があるが、ここには三角点はないのだ。
樹上に 毛宗坊山 480m 2018.9.5 のプレートがある。なるほどなぁ、登山者の姿もちゃんとあるのだ。登ったのはつい先月のことじゃないか。心強い。
来た道を帰ろう。地形図の点線路も気にかかるが、覗き込んだところでは枝葉が繁っていて、そっちへ行きたいという意欲が湧かないよねぇ。

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これは山頂付近の抜書きです。
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2018年10月11日 (木)

高梁川支流成羽川、新成羽川ダム全部+その先(自転車篇)

県境を過ぎ、神石高原町の境界看板を見て、先を急ぐ。ダムに沿って自転車を漕ぐということは、ほとんど水平な道なんだよ。距離があるだけで、あんまり体に負荷がかからない。
バイクが通り過ぎる。原付きの集団も通る。ナナハンの集団も通る。さっきは伐採作業でバリケードがあったが、作業が終わったからバリケードは撤去してある。
さっき、こまちはし(こまちはしは小町橋と書くらしい)を横目に通ったが、帰りには橋を渡ってみる。
新成羽川ダムのダム尻がどこまであるのか確認しなきゃね。橋から上流を見ると、なにやら瀬のような光景が見えるぞ。ダムの範囲はそこまでなのだろうか。
小町橋からちょっと遡ると、川には瀬が見えている。そうか。ダムはここで終わりなのだ。わたし、ダム尻と表現しているが、それでええだろうか。ダム頭が正しいと指摘があれば、それに従いますがね。
成羽川と帝釈川の合流点まで戻る。これは成羽川を渡る新小城橋、いかにも橋が繋がっているように見えるが、帝釈川を渡る橋が小城橋。
駐車した場所を通り過ぎる。もっと成羽川の上流まで行こう。

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これは途中の部分、この前後も読んでみてください。。
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2018年9月24日 (月)

近郷近在、三次市吉舎の撫臼山

ほぼ水平歩きで、事前に、このあたりに分岐があるはず、とGPSにウェイポイントをマークしておいた。そのマークした地点に差し掛かる。
道は大きく湾曲して、谷は涸れ谷で、涸れ谷の真ん中に道があるような。
この道、入口は道のようだがどこを歩いてええのか怪しくなってくる。とにかく上に登ればええのだ。
登って、稜線に抜け出したあたりに道がある。ちゃんとした道なんだよ。土塁を築いてあって、うんと歩き易くなる。
三叉路に差し掛かる。三叉路の先に進んでみる。GPSのマークでは撫臼山から離れて行っている。こっちではないね。引き返して三叉路のもう一方の道を進む。
どんどん降りて行くんですよ。降りるのかい、間違ってはいないかい。GPSのマークを見ると、撫臼山に近づいている。こっちの方向で正しいのだな。
道は山腹を登って行く。どんどん登って、撫臼山の頂上まで進んだ。
撫臼山には三角点がないのだよ。人それぞれに、ここが頂上と決定すればええ。
山頂は疎林で、下生えの草も少ないし、山頂からの展望がなくても満足できる風景なんじゃないかと思うよ。
さて、下りるか。

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