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2024年6月24日 (月)

広島県世羅町、山田川ダムから三川ダムへ(自転車篇)

山の中の峠を越えて、さぞ下るのだろうと思ったが、大して下ることもなく、山田川ダムの周辺道路に合流した。
周辺道路を上流の方に向かうと、ショートカットの道が新設してある。高速道路尾道道を建設するのに、足元もついでに建設したのだろうね。
時計回りに山田川ダムに沿って進むのだが、ダムの水際から道路までは樹木がびっしりと繁茂していて湖面は全然見えない。
ダムの堰堤まで来て、やっとダム湖面が見える。最初、ダム湖の名前をすずらん湖と命名するはずだったが、地元の小字が播磨なので播磨湖と名付けたのだそうな。
小字の名前が兵庫県の古い国名と混ざって、よその地の人間からは御大層なお名前を名乗っていらっしゃる、と誤解を与えることになったんだよね。
山田川ダムの堰堤から県道56号線に沿って下って行く。谷が開けて県道51号線に乗って進んで行く。あれ、あそこは東自治センターの建物じゃないか。そこに近づく前に曲がり角がある。
またもや県道56号線に沿って進んで行く。この56号線、急変して谷沿いの道に変わる。これでも二桁県道かい、しばらくは自然ばっかりの道を進んで行く。
中山田、下山田の集落はあるが、すぐに人家も何もない自然ばっかりの道を進んで行く。
開けてきた。国道432号線を横切るのだ。国道を突っ切って、直進する道に進むのだ。この道は里道なのだよ。
芦田川に出会い龍王橋を渡る。龍王とは地名ではないと思うよ、美称だろうね。
生活道路と山に登る道があるが、不確かな道の方を選んで登って行く。
世羅高原ふれあいロード、またの名を、世羅広域農道と出会う。山田川ダムへの登り道で金毘羅神社の先で交差した道なんだよ。ここで再び交差する。ここから三川ダムへ登って行くのだ。
もうちょっとの頑張りだよ。最後の坂道を自転車を押して登って行く。

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2024年6月11日 (火)

庄原の葦嶽山、天空の路を行く(自転車篇)

峠の位置について語っておくとね、県道422号線の通る峠から西に大山があるのだよ。大山の麓は大谷町で、峠から葦嶽山へ向かう舗装路の範囲は大谷町に属するのだ。
で、葦嶽山の頂上はどこに属するのか、地図表現がむにゃむにゃとなっていて判断が付かないのだよ(by Mapion)。大谷町か本村町か、どっちなんだろうね。
稜線の道は下り坂になってきた。このあたりに民家などないじゃないか。さっきの郵便配達はどこに向かったんだろ。
推測すると、峠から南に下り坂を下る。最初に是本集落がある。ここは大谷町に属して、赤川郵便局の配達範囲なのだ。
次の集落が田尻集落、ここは総領町に所属していて、郵便の配達範囲は総領郵便局から、ということになる。
ということで、稜線の向こう側まで本村側は支配が及んでいたのだ。鎌倉時代か室町時代の地頭が強かったんだろうね。
なんだ、頼りない、奪われたものなら押し返せばええやん。
いいえ、豊臣秀吉の天下惣無事令が効いたんですよ。軍事行動を起こすと攻め滅ぼされるのです。現状維持するしかしょうがなかったのだよ。惣無事令は徳川家康も引き継いだのだよ。
眼下に大谷町なのか総領なのか深い谷底が見えている。
どうやら登り坂はおしまい、下り道になってきた。ほぼ水平な道を自転車を漕いでいこう。まさに天空の路を行っているのだよ。
葦嶽山への登山路分岐が見えてきた。この道を行っても良し、次の登山口から行っても良し。

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2024年5月21日 (火)

三原市大和町、残りの南半分(自転車篇)

ここにも地図の看板がある。県道には行かずに直進して、その先を自然に左に曲がって行くのだ。
山の中の道を行くと地図と照合すべき目印が何も見当たらない。たまに溜め池に遭遇する。地図と現地とをマッチさせるには重要なポイントなんだよ。
ここが前半部での最高地点、広石集落と別所集落の間の峠なんだよ。下りたところが別所集落。
ここも交差点を直進するのだ。棲真寺、向用倉農業公園への看板があるが、どれも平地への方向ではなく山への方向を指し示している。
フライトロードの看板があって、県道49号線を進めばよい、ただし、それは自動車への案内、自転車は進入禁止で他の道を行かなきゃならない。直進するしかない。
フライトロードの高架を潜る。
棲真寺への道の案内があるが、行くのはやめておこう。下って、へとへとになる登りが続いているのだよ。君子危うきに近寄らず、このまま真っ直ぐな登り坂を行ったほうが間違いがない。
この登り坂、真っ直ぐな道なんだよ。自転車を下りて押して歩く、どこまでもどこまでも押して歩く。いやぁ、長いなぁ。途中、棲真寺からの道が合流してくる。
向用倉農業公園が見えてきた。農業公園の門前が最高地点なのだ。農業公園に入ってみる?いいや、全然その気にならない、パスしよう。

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2024年5月 8日 (水)

三原市大和町、ほんの要所だけ(自転車篇)

ゆるやかな道を進めば、山の中に入って、東広島市豊栄町との境界になる。
このあたり、大和町も含めて、美辞麗句・美称の自治体名が多いのだよ。豊栄町、福富町、三和町。今は覚えたが、最初は混ざって取り違えてばかりいた。
近隣の河内町、本郷町、久井町など、昔からの地名に支えられて誇っているでしょ。
椋梨川の渓谷を下りて、和木の交差点まで戻る。
交差点の北側角の二軒が凄かったのだよ。長い年月無住で瓦は落ち壁も落ちて危険だったのだよ。今は廃屋は取り壊されて更地になっている。堪り兼ねて公費でやったのかなぁ。
ここは左折して国道432号線に乗って進んで行く。世羅へ、庄原へと進んで行くのだ。
道は自転車を下りて押して歩くほどの傾斜ではない。どこまでもジワジワ登り傾斜で、こたえるよねぇ。
道脇の歩道が幅広くなってくる。自転車道なのだ。この先に中学校があるので、自転車を通学に使うべく歩道の道幅を広げたのだ。その分、車道には自転車のスペースはなくなってしまった。
中学校の正門の前で幅広の自転車道は解消する。
ここからはほぼ平坦な道が続いている。
この道で中学生に自転車勝負を挑まれたことがある。いっぺん抜くとムキになって抜き返してきた。ここは勝ちを譲ったよ。譲るというより、中学生の馬力が優ったのだね。ガンバレヨォ。

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2024年4月29日 (月)

三回目の芋面川完全踏破(自転車篇)

ほぼ平坦な道が続いて、芋面川の流れに出てきた。ここは川を下って芋面集落に入ってみようよ。数軒の民家がある。
この芋面集落は三若町の区域なんだよ。三次市合併前の行政単位は川西村、川西地区の中心は美波羅川にあって、山を越えて芋面川まで範囲が広がるのは不自然なこと。
恐らく、鎌倉時代・室町時代に強力な地頭がいて、版図を広げたものでしょうね。それが今でも続いているのだろう。
小学校、農協の地区割り、郵便配達など、準・神杉として組み直したと、どこかで読んだ覚えがある。
引き返すと、一級河川芋面川上流末端の標識がある。三次市三若町字城山甲162番の3地先と住所表示がある。紛れもなく三若町とあるでしょう。
ここからは自転車は押して登らなきゃ到底無理。
芋面川の流れも最初のクランク大曲りまでは見えていたが、二つ目のクランク大曲りでは流れの姿を消してしまった。
峠に出ました。峠の名前は知らない。お堂がある。一本の柱で出来ているから一本堂、奈良県では傘堂・からかさ堂と呼んでたよなぁ。
ここから下へ向かえば掛田大橋のところに出て、橋を渡れば川西コミュニティセンターや川西小学校がある。
今日は上への道を行く。やっぱり自転車を押しながら登って行く。
今日の最高地点がここなのだ。ここからはダラダラと下って行く。
民家が現れた。庭と道とが未分化で、道といわず、庭といわず、農業用ビニールを広げている。自動車が通れば邪魔だが、よその自動車が来る心配もないよなぁ。
帰って地図ソフトのマピオンで照合すると、この民家は三若町久留比の住所になる。
この民家の谷に新しい道が出来ているのだ。この下の新旧の道の分岐で迷ったところ、そこに新しい道が繋がっているのだ。
谷向こうの峠から先は有原町久留比の住所になる。峠から下ると民家が見えている。ゼンリンの地図では民家の形状が映し出されている。ほぼ接近した集落が大字が違うのはよくあることなんだよ。
隣接しあっている集落が別々の大字に分れているのはここだけじゃない。他にも幾つも見たことがあるよ。

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2024年4月17日 (水)

高谷山、南麓・三次大橋から北麓・旧粟屋駅へ(自転車篇)

尾根をヘヤピンカーブで曲がって折り返すと、送電線の邪魔になるからと樹木が切り開きになっている。そこからは、登ってきた亀谷の道がよく見える。三次大橋、その向こうの三次市街地が見えている。
くたびれて道路に腰を下ろして休憩していると、ピッピッと自動車の警笛が鳴る。意外に交通が繁多なのだ。あちこちで出会って3台ほど道を譲った。
やっと民家が見えてきた。大平の集落なのだ。道路沿いに集会所らしき建物があって、前大平集会所と看板がある。
傾斜が緩んで、自転車を漕げるようになってきた。漕げるところは漕いで行こう。
中国自然歩道は瀬戸内海沿岸から岡山県境沿いに進んで三次の地は通らない。広島県自然歩道が三次を貫いている。その自然歩道を横断するのだ。
広島県自然歩道の標柱が立ててある。大平 三次と書いてある。自然歩道は舗装路を行かずに山の中の道を行くのだ。標柱の向こうに建物が見えている。後大平集会所なのだ。
舗装路があって、高北広域農道なのだ。この道は何度も自転車で通ったことがある。広域農道を横断して、斜面の北側に向かう。
民家が点在している。集落の最後の家が見えている。ここは何という集落ですか、と聞いたが、おじいさん、声を張ってくれないので声が届かない、ありがとうと去ることにする。
最後に民家を過ぎると、むちゃくちゃ急な下り坂になる。こんな道だが、写真に真実を盛り込めない。ブレーキを必死に握り締めるのだよ。
対向車がいなくてラッキーだった。やっと北側の麓まで下りてきた。三江線の線路と並行して進む。踏切の線路は取り除いてある。他の線路は撤去費用が高い。置き去りにするしかないね。
県道112号線を進んでいるのだよ。旧粟屋駅は近い。旧粟屋駅のプラットホームの屋根の下で弁当を食べよう。おおむね昼食の時間なのだよ。

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2024年4月 3日 (水)

江の川を廃駅作木口まで往復(自転車篇)

大きく曲がる半円を描いて、作木カヌー公園の対岸まで来た。カヌー公園側からは公園の全貌は見えない。対岸から見たほうが全体の姿がよく分かる。
公園の下流のどこかに広島県と島根県の県境、安芸高田市と邑南町の境界があるのだが、境界看板がないので、ここだという場所は確定できない。
そのまま進んで三国橋があり、作木口駅の廃駅がある。駅前には人出があって、踏切には臨時の信号機が設置してある。何かのイベントをやっているのだ。
その時は、踏切ゴッコをやっているのだろう、と思っていたが、そんなもんじゃない、えらく金のかかる遊びをやっているのだ、と分かってくる。
そのまま進んで下流に向かう。丹渡橋がある。左岸の邑南町側には橋の袂に地蔵像がある。交通事故の供養か水難の供養か、どっちなんだろうね。
丹渡橋の丹渡とは作木側に丹渡集落がある。近くに江平駅があって、駅の名前は邑南町側の江平集落から付けたのだ。
川向こうの三江線を見ると、ディーゼルカーが動いている。イベントはこれだったのだ。三国橋を渡ってトラックでディーゼルカーを持ち込んだのだ。へぇぇ、やるねぇ。
作木口駅から江平駅にかけて本物のディーゼルカーを走らせているのだ。本物の保管といい、保管場所からここまでの輸送費用といい、けっこう金がかかった遊びなんだよ。
丹渡橋から上流へ引き返す。ちょっとの距離で川の駅常清がある。ここの駐車場を借りて弁当にしよう。
今年初めてツバメを見た。数羽が群れて飛んでいて、川の駅の軒下に巣を掛けようとしているのだよ。
川の駅からちょっとで三国橋がある。備後(三次市)安芸(安芸高田市)石見(邑南町)。
三国橋の南の山に三国山がそびえている。三国山は一ヶ所ではないらしい。ある説によると、江の川両岸の山は全部三国山なのだそうな。エリア全部をそう呼ぶのだそうな。
丹渡橋の下流に両国橋がある。ここは備後と石見を結ぶ橋なんだよ。右岸が備後、左岸が石見、位置関係が混乱するけど、これでええのだよ。もっと頑張って両国橋まで行きたかったな。

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2024年3月 3日 (日)

三次十日市ー口和ー濁川ー山ノ内ー向江田ー三次十日市(自転車篇)

12時のサイレンが鳴って、昼食時だよなぁ。峠を下ったところに墓地前の草地がある。ここで弁当にしよう。
弁当を食べながら考える。
今日の予定は、庄原の市役所の前から庄原の南、旧敷信村を経て、三良坂の端から出発地に帰るつもりでした。
この先庄原まではほとんど高低差なしでたどり着ける。その先三次までが高低差に悩まされるよなぁ。どうしようかなぁ。
行程の距離・時間の感覚は60代70代のイメージで捉えている。だけど、わたしはただ今81歳なんだよ。もう一ヶ月すると82歳になるのだ。60代70代と比べると、体力が落ちて、ガンバリが効かないのだよ。
やめた。ここで打ち切ろう。ヨレヨレになって日が暮れそうな時分に帰る羽目になるのは望むところじゃない。
ここから西城川を見下ろすと橋がある。この橋を渡って帰ることにしよう。
口和から庄原への道は県道62号線、ここから県道458号線が始まっている。真っ直ぐ南に向かう短い県道なのだ。ここで曲がることにしよう。
西城川を渡る橋の名前が筋違瀬橋、すじちがいのせばしとひらがなの銘板がある。すじちがいとはどういう意味なんだろうな。
江戸時代、ここに渡し舟があったんだろうな。瀬が速いので、舟は斜めに横断して渡ったんだろうな。筋交い、筋違い、そういう語源なんだろうな。

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12月、1月とホームページ作成を休んでいました。冬だから自転車には寒いからね。
久しぶりに自転車に乗って、HP編集に取り掛かると、作成のやり方の段取り手順を忘れていました。
なんとか思い出しながら、やっと軌道に乗せることができました。

2023年11月15日 (水)

風土記の丘から神杉川地、志和地の板木川までを往復(自転車篇)

このあたりの道端にはコンクリートの標識杭がある。単なる市道のはずだが、○に県のマークがある。はて、県道ではないはずだがなぁ。
道端の畑をつぶして道路工事の現場事務所があったところなんだよ。ははぁ、工事が終わったから撤去したのか。
これが、今はなき、現場事務所の看板、県営広域営農団地道路整備事業 備北南部2期区間 道路第8期工事 とあるでしょ。2期だ、8期だと、長期間の工事だったのだ。
県営の工事だから、道端のコンクリート杭には○に県のマークが入っているのだな。ただの市道とは値打ちが違うぜと示しているのだね。
道を進んで春木の集落に入る。春木の集落にバリケードが施してあったのだ。その先に入って行ったら咎められてしまった。現場事務所は無人だと思っていたのに。
2台の車で挟まれて、「通行止めになっていたのを承知の上で入ったでしょ、入っちゃいけんよ」パトロールに捕まって追い返されてしまった。そんな経過があるんですよ。
ここらがそのあたり、いまはもうオッケーで通り過ぎる。
突き当たりで工事は終わっている。この先工事予定はあるのかなぁ、もうこれで終わりなのかなぁ。
振り返って、工事の出来栄えを眺めてみる。高規格の道路で、こんな工法が普通になってきたのだねぇ。
突き当たりを右に進む。藤根原の民家が固まっていて、この先の道は一挙に下り坂になってくる。ここが今日のコースの最高地点になっているのだね。
下ハンドルを握ってブレーキを利かしながら下りていく。対向車が来たり、追い越しの車が来ないことを願っております。幸い、そんな事態には遭遇しなかった。ラッキー。
ブレーキが熱を持つので、所々で休憩する。ブレーキを冷ますだけじゃない、体がコチコチになるので休みを与えないと身が持たないぞ。
川沿いのたんぼが見えてきた。やれやれ、長い下り坂を下り切ったぜ。

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2023年10月29日 (日)

高谷山の最低鞍部、粟屋西から馬池谷へ(自転車篇)

すぐに鞍部に差し掛かる。そこには長伝集落の案内板があって、33軒の人家の名前が掲げてある。国岡、国森、国村、国一族が多い集落だな。
今まではここから北に降りる道があるとは認識していなかった。国土地理院の地図では実線の道だ。破線の道ではない。それなら舗装された道だろう。やっと行けそうな道だと発見したんですよ。
北への道を下りていくぞぉ。
長伝集落の最終人家を過ぎる。この先にはもう電線が延びていない。
ちゃんとした舗装です。荒れた道ではないかと危惧していたが、そんなことはない。この道はたぶん市道だろうが、まだまだ三次市財政は持ちこたえているよ。
谷底の道をしばらく走って、下の民家が現れてきた。点在する民家がどっと増えてきた。ここが国土地理院の地図での馬行谷集落なんだな。
道端のひとに、馬行谷は何と読むんですか。こう読むのよ。聞いたけど、メモしなかったので忘れてしまった。
家に帰ってから粟屋コミュニティセンターに電話してたずねる。馬行谷を通ったんですが、読み方はどのように読むんですか。まきだに、まいきだに、と読むのだそうな。
念のため、いろんな地図ソフトで確認しよう。
国土地理院、MapFan、では馬行谷、ゼンリン、MEMORVA、では馬池谷、あれあれ、地名が二種類あるぜ。
翌日、確認のため車を走らす。集落に入って、集会所の看板を見ると、馬池谷集会所、どうやら馬池谷が優勢のようだな。
再び、粟屋コミュニティセンターに電話する。馬行谷、馬池谷、地元の人はどっちの名前を使っているのでしょう。
両方混在しているようなのです。公式には馬池谷ですが、話し言葉では馬行谷を使う人が半分はいるようです。
読み方は、まいきだに、まいけだに、まい+(き+け)/2+たに、きのような、けのような、曖昧語で発音すれば万事うまく行くんじゃなかろうか。
長伝での案内看板に、方向として馬池谷とあり、谷の出口の案内板に馬池谷とあり、集会所にも馬池谷とある。国土地理院の敗北、明治期に馬行谷と採用したのはミス、少数派から聞き取ったのだろう。
谷の出口に到着、江の川の岸辺でもあり、廃止した三江線の線路がまだ撤去されずに残っている。撤去費用のほうが高いから線路はこのまま置きっぱなしにしておくんだろうね。

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