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2021年4月 8日 (木)

世羅町、東半分を行く(自転車篇)

右折して町道をたどる。高速道路尾道道のカルバートを潜る。トンネルは地面を掘るのだよ。カルバートは構造物を土で埋めてトンネル状に仕立てるのだよ。
道は下り坂、新山が見えている。あの新山の肩を行くのだよ。
五差路か六差路の複雑な交差点を行く。目指すのは谷向こうの新山の方向なのだ。
ここが谷底、この谷は芦田川に面した北川冷機の工場のところに出る谷なんだよ。谷の名前は未詳、こういう説明で伝わるかな。
ここからは登り、タダゴトじゃない登り、何度も自転車を降りて休む。
左のペダルに足を掛けて、サドルを跨いで、右のペダルに足を掛ける。そのまんま右に倒れてしまった。さらに、クイックリリースのレバーにズボンのウィンドブレーカーが絡まってしまった。
柔道で巴投げ、さらに足がらみで寝技に入ったみたいで、自転車の上に寝そべったまま動きが取れない。
市街地でならみっともないが、誰も見ていない山の中だもの。恥ずかしいことはありません。
こりゃぁ相当くたびれているな。これ以上自転車を漕ぐのはむり、降りて押して歩こう。
谷底から峠のてっぺんまでの勾配を計算してみたら、9%、これじゃぁ押して歩くのもしょうがないよねぇ。
新山の頂上のアンテナが見えている。だいぶ近く見えるので、かなり登ってきたのだ。
新山に肩のあたりに峠がある。正月の鏡餅、下の餅を登って、上の餅との合わせ目あたりに道が通って、峠になっている、こんなたとえで分かっていただけるかしら。
さぁ、ここからは下り一方通行だぞ。すぅいと下りて、世羅警察署の前に出た。強行犯、詐欺犯、窃盗犯、暴対、生安、交通、交通以外は暇なのじゃなかろうか。
市街地に入って町役場まで帰ってきたぞ。国道・県道を行けば楽々な道を、あえて坂道にトライしたが、いやぁ、けっこうなお点前でした。

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2021年3月31日 (水)

府中市上下から、女鹿山、男鹿山(自転車篇)

ぐるっと女鹿山の麓を半周して、そのまま男鹿山に向かえばええのだが、女鹿山男鹿山両方の山を写真に撮るには、山から離れなきゃならない。
街道から離れ、民家への私道を入って、両方の山が視角に入るところまで離れてみた。男鹿山がこれ、右に神山が見えている。女鹿山がこれ、左に神山が見えている。高鉢山は女鹿山に隠れて見えない。
写真は撮った。もとのコースへ引き返そう。男鹿山から下りる道、女鹿山から来る道、それが合わさる分岐を左折する。男鹿山のほうに向かう。
男鹿山への道は県道403号線、女鹿山への道は女鹿一般農道、ここはね、県道のほうが悪路で農道のほうが整備された道なんですよ。こんなことはよくあることだよ。
何度も曲がり角を折り返して、男鹿山東口登山道入口、ここから男鹿山に登っていくのだよ。
東口登山口からこの先さぞかし苦しい道だろうと想像するじゃないですか。いいえ、ごく普通の坂道で、たちまち次の登山口に到着。たぶん北口登山口という名前だと思う。
もうちょっと進むと、三次市との境界、甲奴町の端をかすめるんだね。ちょうど峠のてっぺんになっている。
このあたりの道は、これで県道なのかい、車が来たら交わす余地なんかないじゃないか。いえいえ、もうちょっとの辛抱。
府中市上下町の境界があって、その先は幅の広い道が続いている。県道とはこうでなきゃならないよね。

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2021年3月25日 (木)

三原市、久井から大和を周遊

坂道を登っていくと、大和中学校がある。ちょうど下校の時間帯で、中学生に自転車レースを挑まれたことがある。そこは花を持たせてやらなきゃ、負けてやったよ。草臥れていたせいもあるけどね。
下徳良に入って、大和町の旧役場、市役所支所がある。ここでも腹を下してトイレのお世話になった。うまいこと支所に出合ったもんだよ。
支所の隣に三原市大和文化センターがある。どこでも箱もの行政で文化センターを建てたがるもんだねぇ。
住民の要求はそんなにあるのかしら。年間何回ホールが開かれるんだろうね。町長・議員の功績として残る、あれはわしが建てたんじゃ。
ビニールハウスがあって、池水槽があって、ははぁ、ここが錦鯉の養殖場なんだ。新潟県山古志に続いて日本第二位の産地なんだよ。
ここは里の池、山の池は芦田川源流地帯の池で成長させている。山の池、里の池での養殖の体系なんだよ。
ゆるやかな坂道を登って、ここが大和町と久井町との境界、自然の境界ではなく、大和側が圧倒的に押し込まれた格好になっているね。
境界からどんどん登っていく。ここらへんが今日の標高のピークになるあたりだね。要するに森の中なんだよね。
坂道を下って、里に出る。標識によると、ここからショートカットして久井支所に向かう道があるのだそうな。いいや、予定では久井稲荷神社を経て帰ることにしている。ここは直進しよう。
不思議なため池が現れたぞ。小さな峠の鞍部にため池がある。両方に土手があって、水は西へ向かうのか、東へ向かうのか、両方に水利権があるのか、水問題は大変だねぇ。
県道25号線に合流した。世羅から久井への県道なんだよ。

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2021年3月17日 (水)

世羅から三原久井まで往復(自転車篇)

ちょっと方角を変えてみようか。今まではご近所ばっかりだったが、世羅から南に向かってみよう。
世羅町の役場の駐車場に車を止める。今高野山の駐車場というテもあるんですよ。あそこは駐車している車の数が少ないのでいたずらされる惧れもある。
ほら、こんなに駐車している台数が多い。甲山の役場の駐車場のほうが安心なんですよ。
尾道三次を結ぶ国道184号線に出る。すぐに三原分かれの交差点がある。そこを左折して久井に向かう。
山裾を登っていくのだが、峠に向かって坂道が続く。今朝は霧が深くて世羅盆地が霞んでしまっている。
ここの峠の名前が不明なんですよ。近所の集落名が、青山、田打、峠のバス停の名前が、新原、候補がいっぱいあって、峠の名前はどれなのか分からない。
世羅盆地が盆のようになっていて、ここが盆の縁、世羅郡は分離分村して隣接の町村に合併して去っているが、久井町との間で分離合併はないみたいだね。
自然の境界でもないところに三原市久井町との境界看板がある。こんな不自然な境界には何か訳がある、どうやら訳も何もないみたい。人為的にバラリズンと境界を引いたみたい。

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2021年3月10日 (水)

三次市吉舎町、宇賀峠から出て安田峠から戻る(自転車篇)

傾斜の勾配=%に注意が向くと、峠越えが気になってくるんですよ。
峠越えなど好きではないが、傾斜を測るには峠越えしなきゃならない、えいやっと腰を上げようか。
三次市吉舎町、手頃な峠がある。前に坂道を登って、もう嫌なこったと悪態をついた峠がある。そこへ向かおうか。
吉舎の市役所支所に駐車するつもりだったが、工事中で、駐車場は資材置き場になっていて、離れたところの空き地が臨時駐車場になっている。ここへ置かせてね。
いざ、自転車を走らせ始める。国道184号線に出て、最初の信号が上下分かれ、ここを左折する。県道27号線を行くのだよ。
ここはどんどん登って行かなきゃならない。振り返ると、吉舎市街が見えている。谷間を埋める民家の密集が見えるでしょ。
登り坂では脚を突かない、これに命を懸ける自転車乗りが多いけれど、わたしはそんな縛りは受け付けない。
第一、写真を撮るには止まらなきゃならないし、夏には汗も拭く、ブユがたかってくると手の平でパチンパチンと叩いて退治する。それを理由に自転車から下りている傾向もあるね。
ぐるっと大きなカーブを巻いて、谷のこっちの山裾から向こうの山裾に移っていく。ダンプや大型トラックが多いこと。彼らにしてみれば、自転車は邪魔な存在だろうねぇ。
高速道路の尾道道の法面が広がっている。高速道路の追い越し区間に当たるのだと思うよ。
甲奴町との境界となる。高速道路の高架橋の下に境界看板はある。
峠の頂上から吉舎側に踏み込んだところが境界となっている。鎌倉・室町期、甲奴側の地頭の勢力が強かったんだろうね。それとも、あまりに山の中だから吉舎の地頭が手を抜いたのか。
宇賀峠のてっぺんでちょっと休憩、ここに宇賀峠との標識はないが、高速道路の尾道道には宇賀峠と標識がある。したがって、下道の峠も宇賀峠と決定。

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2021年3月 3日 (水)

江の川・西城川水系、比和川を源流まで(自転車篇)

ここが吾妻山への登山コース、自動車で登っていくのだが、国民休暇村吾妻山ロッジは経営破綻して閉館になった。これからは、道路が崩れても、補修してもらえる保証はなくなった。
井尻谷の入り口を過ぎる。水害で井尻谷の大岩が流されたのだそうな。渡渉するのに踏み石がなくなって、地元の処置として、登山コースとしては廃道にしたのだそうな。
橋を渡る度に銘盤を読む。川が比和川であることが大前提、次に橋の名を読むのだが、水谷新橋、佐渡橋、越原橋。越原はおっぱらと読む。大字は三河内だが、小字は越原なのだ。
この越原集落の入り口で、県道255号線は右折していく。熊野神社の方へ向かっていくのだ。恐ろしく狭い県道で、対向車が来ないことを祈りながら進んでいくのだよ。
橋の名前を続けよう。比和川、萩峠橋、うん、まだまだ比和川だなぁ。
交通標識に吾妻山・比婆山と行先案内があるが、吾妻山は間違いない。比婆山へは、立烏帽子山の真下、竜王山への林道を指しているのだろうね。自転車向きではない。
熊野神社分岐からスキー場跡地まではほんのすぐ近くという印象を持っていました。なんの、なんの、大違い、はてしなく距離があるぜ。
けっこうな坂道なのだよ。いや、もう、これまで。自転車から下りて押して歩こう。
この橋には、越原川と銘盤にある、橋の名前が吾妻大橋。とうとう比和川を全部踏破したぞ。別に分流する川はなかった。ただ単に、ここから越原川と名前が変わったのだ。
ここぞと言う時なのに、越原川の銘盤にカメラのピントを合わせ損ねた。だいぶ体もくたびれているみたいだよ。
ドルフィンバレースキー場に到着、2006年に閉鎖して、それからが長い。
この先、吾妻山への道は冬季閉鎖になっている。熊野神社への県道255号線も冬季閉鎖になっているのだ。12月15日から3月15日まで閉鎖するのだ。たとえ、開いていても、もう進む気はない。

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2021年2月23日 (火)

三次・川西・上田の里(自転車篇)

最後の傾斜をえんやえんやと漕いで、峠は変形四差路、県道54号線の登り路・下り路、平田観光農園への道が右折し、上田小学校跡への道が反転して登っていく。
ここはバス停破堂というのだ。峠の名前が判然としないのですよ。上田峠ではないみたい。上田峠と呼びたい候補が他にもいっぱいあるからね。破堂峠でもないみたい。
しょうがない、平田観光農園分岐と名付けよう。このように呼べば、誰もが、ははん、あそこのこと、と伝わっていくことだろうと思うよ。
2020年2月10日 森谷の道を登った。その時はえらく傾斜の強い道だと体に堪えた。今回登ってみて、そんなことないじゃん、ペダルを踏めばそこそこ登っていける道じゃん。
他のふたつは、明神山関連で北から登る道なんだが、こっちもきつかったよ。体感的にはこっちの方が堪えたように思うがね。
上田小学校跡への道をちょっと行くと、森谷を見下ろす地点がある。下りの頭から森谷が続いて川西の美波羅川の谷まで見渡せる。
軽トラが追い越した。荷台にはイノシシが二頭横たわっている。太ったイノシシで、これは大収穫だよなぁ。
岡田山への分岐を過ぎて、道は平らになる。旧上田小学校跡への分岐から小学校のほうへ道草する。
旧上田小学校、ほしはら山のがっこうとしてNPO法人が運営している。経営を破綻せずに、よく続いているな、と感心しております。
もとの道に帰って続きを行く。中腹の平らな道から明神山が見えている。明神山はたくさんあるので、上田明神山、あるいは、地元の集落名の槙明神山と呼んでやってほしい。
平らな道が急傾斜に折れ曲がるところに岡城地蔵堂がある。ここからは岡田山のアンテナ群が良く見えている。

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2021年2月13日 (土)

三次ピオーネ団地、第三の道

みよしワイナリーを過ぎて、次の交差点が三次中央病院(南)、交差点の向こうには、トレッタみよし(野菜販売所)、みよし森のポッケ(こどもの室内遊び場)がある。
今までピオーネ団地に向かうには、この交差点を右折して、次の信号交差点、東酒屋町を左折するのが順路だった。
ここを直進すればよろしい。この道が新しく開かれた道なのだ。
道は大曲りに曲がって登っていく。振り返れば三次中央病院が見えている。
水道タンクが見えている。三次中央病院に入院した時、窓から見える施設で、一番目につく施設なのだ。
谷を隔てて、ピオーネ団地に向かう先発の市道が見えている。池を跨ぎ谷を渡る道なので橋が渡してある。あそこを通るとき、橋を渡っているという意識はなかったなぁ。
この道も橋を渡る。池の頭の谷を渡る橋なのだ。酒屋大橋と命名してある。大橋とは大袈裟な、いえいえ、この酒屋地区でこれほど橋脚の高さが高い橋は他にはないのだ。
ピオーネ団地への先発の道と合流する。前に来た時、建設中の道があるなと観察しながら通ったもんだよ。
三次ピオーネ直売所がある。ここで三人ほど自転車乗りが休憩しているでしょ。
酒屋大橋の下で追い越された。自転車乗りをピオーネ団地に誘導しているのが嬉しいのだよ。【三次 ピオーネ団地】で検索すると、わたしのページがトップに誘導される。
これに誘われてピオーネ団地に向かってくれたとしたら、わたしは嬉しいのだよ。それとは関係なく、既に自転車乗りの間では有名なコースなのかもしれないけどね。
もう少し進むとピオーネ団地の最高地点だ。灌漑用水のタンクが設置してある。

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2021年1月29日 (金)

世羅西、大和(三原)、豊栄(東広島)を行く(自転車篇)

世羅町の南の領域を自転車で駆け回っていながら、バラバラのままで、ひとつに結んでいないのに気が付きました。これを結んでみたらどうなんだろう。
世羅町役場せらにし支所の駐車場に駐車する。ここの駐車場は広くて使い勝手がよろしい。邪魔になることがないのですよ。
まずは南に向かう。登り坂になって、ひたすら登り傾斜で進んでいく。カクッと急傾斜が緩傾斜に変わる。山の中に集落が開けているのだ。
さっきの登り坂で脚にヨレが来ちゃったんだよね。道はほぼ平らなのに、よろよろとハンドルが左右にぶれてしまう。
くるりくるりと前輪を翻しながら進むのだが、意に反して、側溝に落ちてしまった。当然、自転車から前に振るい落とされる。ヘルメットで受けて、メガネが曲がってしまったよ。
真面目に、直進するようにペダルを踏まなきゃいかんな。
道傍に祠がある。大仙神社なのだそうな。県道が山裾に建設されたので、祠の裏側が丸見えになってしまった。本来は集落側から拝むものなのだよ。
ここが三原市との境界、大和町との境界なのだよ。平地なので境界としては不自然だと思うでしょ。そうです、人為的な境界なんですよ。
世羅郡は何故か、周辺部が分離して隣の村に合併してしまう傾向がある。端っこがぼろぼろと隣の郡の村と合併して世羅郡を去ることが重なっているのですよ。
浄土真宗西本願寺世羅組その傘下の寺は世羅郡周辺の寺を抱えている。江戸時代には世羅郡の領域で世羅組は構成されていた。現在の自治体縄張りと違っても、江戸時代の縛りのままでいるのだ。
で、人為的な境界の戻りましょう。1955年大和町が合併誕生して、世羅郡神田村は豊田郡(後に賀茂郡)に所属することになる。神田村の創設は明治期のことなんだよ。

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2020年12月15日 (火)

帝釈峡に行く予定が、中山峠で断念(自転車篇)

高速道路中国道の下を潜る。潜るのは出発から三度目なんだよ。このあたりから道の勾配は高くなっているような気がする。
えんやえんやと漕いでいくのだが、これまではそんなに道の勾配はきつくはない。きつくはないが、ずーっと連続で坂道を上っている。くたびれる。自転車を降りて息を整えないともたない。
100メートル行っては休み、200メートル登っては休み、300メートル続けて登るのはムリ。
あとちょっと、この先に山の切れ目が見えている。そこが中山峠なのだ。
やっと到着、中山峠、分水嶺の看板があって、江の川水系と高梁川水系、日本海と瀬戸内海の分水嶺なのだ。
ここで弁当を食べながら、これから先を考える。これから下り坂を降りて帝釈峡に向かう、また峠まで引き返さなきゃならない。なんだか嫌気が差してきたよなぁ。
やめた、ここで引き返そう。
下りる途中は大風だった。向かい風、横風、風にあおられて、ゆらりと車道中央に吹き寄せられていく。たんぼ・畑からはつむじ風で土ほこりが舞い上がっていく。登りで向かい風なら進むのを諦めただろうね。
あっという間に降りて、ここが 葦嶽山への分岐、葦嶽山への道はこの先へと続くのだよ。蘇羅比古神社の前を通って、赤川の民家商家まで帰ってきた。

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新しい試みで、区間の勾配、全体の勾配を記録してみました。
記録計がないと測れないと思っていましたが、カシミールのデータから誘導できるのだ。
勾配を測るのはええけれど、ヒルクライミングは楽ではないよね。

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